2015年10月13日火曜日

沖縄・翁長知事が背水の陣、「辺野古の“埋め立て承認”を取消した」

背水の陣に出た。
沖縄県の翁長知事が、辺野古の埋め立て承認を取り消した。「深慮遠望」の結果であろう。
様々な『仕掛け』を行ってから、ついに「勝負」にでた。



そうである以上は、恐らくは、一歩も退かない覚悟であろう。

「朝日デジタル」は、この記事を途中で切らずに、全文を公開した。


◆ 「朝日デジタル」の記事より
沖縄県の翁長雄志(おながたけし)知事が13日、米軍普天間飛行場(同県宜野湾市)の移設先とされる同県名護市辺野古の埋め立て承認を取り消した。辺野古にある米軍キャンプ・シュワブのゲート前では同日午前、移設計画に反対する人々から拍手がわきおこり、「よし」「翁長よくやった」と声が上がった。
反対派は午前6時ごろから、この日の座り込みを開始。午前10時に沖縄県庁で翁長知事の記者会見が始まると、スピーカーから流れる音声に約200人が聴き入った。19年間座り込みを続ける島袋文子さん(86)は「明日から大変だと思うけれど、負けない。私たちは命をかけて座っている」と話した。≫

◆ 手順を踏んだうえでの、「覚悟の決定」だ

翁長知事は、米国への「行脚」で、米国の「意向」を確かめた。政府の高官と会えた、もしくは、会えなかった。その事の意味をよく噛みしめられたことと思う。

国連での演説で、切々と沖縄の意現状を世界中の人々に、訴えかけた。これは、多くの国々に、大きなインパクトを与えたことであろう。

菅長官と会談。
安保法案」の審議中のことであり、政府にとっては半ば、「時間稼ぎ」ような会談であった。それでも、この会談で、改めて、安倍政権の「本音」が解ったことだろう。

これらの手順を踏んだうえでの、「覚悟の決定」だ。
「あらゆる手法を駆使して、辺野古に新基地はつくらせない」、これが、翁長知事の公約であり、「決意」である。

そうだとしたら、今回の措置は、当然のことだ。
用意周到に準備された、「あらゆることを考慮した」上での決定、であることは間違いない。

もう、不展退の心づもりであろう。

翁長知事のバックには、知事を支持する県民がいる。
知事は、孤独でも、孤立している訳でもない。

現に、辺野古のテントで座り込みを続ける人々の口からは、「翁長さんはぶれたりしないと信じていた。孫やひ孫に基地のない社会を残すためにも戦い続ける。これからが勝負よ」という、力強い後押しをする声が、聴かれた。

我々本土の人間にとっても、これは決して他人ごとではないのであり、我が事として受け止め、注視するべきことだ。

そうでないと、今度は、「こちら」が、沖縄から「無視」されることになる。

(2015年10月13日)

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