2015年10月19日月曜日

NATOの原点「アルジェリア独立、東西ドイツ問題」

 <web上「読書会」  正村(18)>を投稿します。
今回で、海外の情勢を見るのは、終わりです。
この記事では、アルジェリア独立、東西ドイツ問題、NATOなどの条約を見ていきま
す。


 世界的な規模での安全保障体制が整

≪1958年~59年には、イラク、アルジェリア、キューバなどで革命政権が成立した。アルジェリアでは民族解放戦線の独立闘争が発展した。

アルジェリア問題打開のため、フランス国民は第二次大戦の英雄ド・ゴールを政治の舞台に再登場させた。ド・ゴールは1958年6月に首相に就任、10月に大統領の権限を強化する新憲法を施行して「第5共和国」を成立させ、翌1959年1月、みずから大統領に就任した。

1961年4月、アルジェリアのフランス軍がアルジェリア独立に反対して本国政府に対して反乱を起こした。ド・ゴールは世論の支持を得てこれを鎮圧した。1962年3月、フランスとアルジェリア民族解放戦線との停戦協定が調印された。

4月のフランス国内の国民投票はド・ゴールのアルジェリア独立政策を圧倒的に支持した。同年7月、アルジェリア独立の住民投票では99.7%が独立に賛成し、独立が宣言された。

ド・ゴールは対米従属を修正し、中国承認(1964年)、NATO脱退(1966年)など、フランスの威信回復をめざす外交を推進した。このゴ-リズムは(ド・ゴール的政策)は、戦後のアメリカ中心体制に対するヨーロッパの反発を代表し、西側陣営内部の多極化をもたらした。


ヨーロッパでも東西関係に微妙な変化が生じていた。

1955年5月15日、米英仏ソ4国がオーストリア国家条約に調印した。同年10月25日、外国軍隊の撤退が完了、26日にオーストリア連邦議会は永世中立を宣言し、12月6日に米英仏ソ4国がこれを承認した。

ドイツでは東西分裂が固定化されたが、オーストリアではスターリン死後のソ連が譲歩し、債務支払いと自主的永世中立を条件に統一と独立を承認した。オーストリアでは、戦後初期に連立政権に参加した共産党が1947年以後政府を離れ、人民党・社会党の中道的連立政権のもとで政治的安定が確保された。

1955年6月7日、インドネシア首相は中国首相周恩来が米中両国政府の公式の接触に合意したと発表し、8月からジュネーブで米中両国の大使級会談が開始された。

1955年7月18日、ジュネーブで、アメリカ大統領アイゼンハワー、ソ連首相ブルガーニン、イギリス首相イーデン、フランス首相フォールが会談した。1945年7月のポツダム会議から10年目、第二次大戦終了後初の頂上会談であった。東西の経済的・文化的関係の改善についての原則的合意以外に具体的成果はなかったが、緊張緩和への期待は強められた。

1955年9月8日、西ドイツ首相アデナウァーがモスクワを訪問し、13日の共同宣言で国交が成立した。9月20日、ソ連と東ドイツが主権回復協定に調印した。しかし、米英仏3国はソ連への覚書で東ドイツを承認しないと通告した。

平和共存が強調されながらも軍事的対峙の体制は強化された。


1949年NATO(北大西洋条約)がアメリカと西欧11か国によって調印され、1950年にはNATO軍が発足し、1952年にギリシアとトルコが加盟、1955年には西ドイツが正式加盟した。これに対抗して、ソ連・東欧8か国は1955年5月14日、友好相互援助条約(ワルシャワ条約)に調印した。

アジア・太平洋方面では、1951年に日米安保条約が調印され、ほぼ同時に、アメリカとフィリピンの軍事同盟と、アメリカ、オーストリア、ニュージーランドの軍事同盟が調印された。

1954年9月には、タイ、パキスタン、フィリピン、アメリカ、イギリス、オーストラリア、ニュージーランドの8か国がトウマンアジア条約機構(SEATO)が創設された。1955年2月~4月には、イギリス、トルコ、イラクによるバクダット条約機構が形成され、同年11月イラン、パキスタンが加盟した。

ただし、1959年にはイラクが離脱し、名称も中央条約機構(CENTO)と改められた。ヨーロッパから南アジアを経て東南アジアおよび東アジアに至るソ連包囲網を維持しようとするアメリカと、そのアメリカの世界戦略を脅かす要素としての民族主義の高まりが交錯した。≫


◆ 「日本がより安全になる」は、間違い

こうして観てくると、この時期に、現在の国際関係の基礎が作り上げられたといってよいと、思われる。

日本の国内が、保守勢力の統一問題で紛糾している時を一にして、世界的な規模での安全保障体制が整いつつあった、といえる。

また、この体制が、同時に今日の世界の混迷の原因を作ったとも、言える。

アルジェリア独立がその「よい例」であろう。今日のアルジェリアで起こっていることを理解するには、この時代の理解が欠かせない、ということがよく解る。


もし仮に、アメリカとフィリピンの軍事同盟や、アメリカ、オーストリア、ニュージーランドの軍事同盟が、現在も有効なものであるとすると、日本と米国との関係は、たんなる二国間関係ということでは済まされなくなる。

まして、安倍政権は「安保法」を強引に成立させ、米国との関係の強化を図ろうとしている。

このことは、同時に、ー実質的にはーフィリピン、オーストリア、ニュージーランドと、軍事同盟を結んだということになる。

「味方の味方は、味方」ということであるとすれば、「敵の味方は敵」ということになる。

安倍首相は、「安保法」を成立させることで、日本がより安全になるというが、それは「間違い」だということがこのことからも、よく解る。

 次回からは、また、国内に情勢に戻ります。

(2015年10月19日)

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