2016年9月30日金曜日

大佛次郎著『天皇の世紀』渡辺崋山は自殺、高野長英は逃亡(改題)

<大佛次郎『天皇の世紀』 1>
清廉潔白で篤実な彼の人柄を知っている友人の全部の者が、自分たちの身を危うくするのを知りながら、崋山を救い出そうと骨を折った。多くの学者や画家の友人である。

2016年9月29日木曜日

大佛次郎著『天皇の世紀』渡辺崋山と高野長英が投獄される(改題)

<大佛次郎『天皇の世紀』 1>
天保8年(1837)にアメリカ船モリソン号が日本人の漂流民を乗せて渡来すると知らせがあった時に、幕府は鎖国の御国法通り武力でこれを撃退するように決定した。

食糧難と、肉類を飽食する巣鴨刑務所の戦犯容疑者

<児島 襄『講和条約』第1巻>

昭和20年秋の日本国民は、飢えていた。
数少ない例外は、米軍刑務所に収容された戦争犯罪人容疑者であった。

2016年9月28日水曜日

大佛次郎著『天皇の世紀』渡辺崋山や高野長英の受難(改題)

<大佛次郎『天皇の世紀』 1>

高橋作左衛門は御書物奉行で天文台長である。入牢中に病死した。「お旗本の身分有るまじき行い、不届きによって、存命であれば死罪にする者である」(=超訳)と塩漬けになっていた死体に宣告した。

G・アチソン顧問→保守的で用心深い階層を代表する政権

<児島『講和条約』第1巻>
マッカーサー元帥は、日本民主化のためには次の五項目の実践が必須である、と、幣原首相に告げた。

大佛次郎著『天皇の世紀』シーボルトが来日し、日本に新しい学問をもたらす

<大佛次郎『天皇の世紀』 1>
シーボルト自身、日本研究の使命を帯びていたのだが、外科学、植物学、天文学、地理学などの広範囲にわたって教えてもよいと日本側に申し出た。

2016年9月27日火曜日

総司令部  「政治、信条並びに民権の自由に対する制限の撤廃」を通達

<児島 襄『講和条約』第1巻>
総司令部も、東久邇内閣に不満であった。
表向きには、日本は平和国家になる、民主国家に代わる、という。

大佛次郎著『天皇の世紀』吉田松陰 ペリーの軍艦で渡米を企てる

<大佛次郎『天皇の世紀』 1>
ーー話は、「物語」の最初に戻りますーー
旅嫌いの日本人が幕末近くになると、外に出かけるようになる。生まれた家で暮らすだけの理由を失っていたし、経済的にも家においては養いきれぬ人員が出た。

2016年9月26日月曜日

天皇の上に君臨する、マッカーサー元帥

<児島 襄『講和条約』 第1巻>

新外相には、67歳の元駐英大使吉田茂が就任した。
貴族趣味の硬骨外交官として知られ、重光前外相の9歳上、総司令部D・マッカーサー元帥よりも2歳年長である。

2016年9月25日日曜日

大佛次郎著『天皇の世紀』長崎での鼓笛による教練を、鹿児島藩が採用する

<大佛次郎『天皇の世紀』 1>
「下士官以下の乗り組み員には、別に食事の用意がされてあって、卓上には食べ物が山ほど積まれてあった。この宴会で、酒が水のごとくふんだんに振る舞われたが、何の不祥事も起こらなかったのは

米国民よ、真珠湾攻撃を忘れて下さらないか

<児島 襄『講和条約』第1巻>

米紙「ニューヨーク・タイムス」特派員F・クルックホーンが天皇取材を希望していると、告げた──

ついては、その希望をかなえ、天皇に真珠湾攻撃を知らなかったと語ってもらい、米国につたえさせてはどうか・・・。

2016年9月24日土曜日

大佛次郎著『天皇の世紀』鹿児島市民は、着飾って静かに一行を迎えた

<大佛次郎『天皇の世紀』 1>
二か月後に、カッテンディーケらを乗せて咸臨丸は再び山川港に現れ、同じ日の夕方には鹿児島に入港した。島津斉彬が越前藩主松平春嶽に知らせた書状にも、「山川より城下まで十三里の海上を一時半(3時間)にて参り候」

2016年9月23日金曜日

大佛次郎著『天皇の世紀』カ中佐、薩摩の近代的設備、技術の高さに驚嘆

<大佛次郎『天皇の世紀』 1>

翌日、斉彬はこの事件を聞いて大いに驚き、家中の不心得を戒めて自身迎えに出て、一行を藩邸に案内した。カッテンディーケの一行は、溶鉱炉を備え付けた鋳砲工場や製銃工場、硝子工場、電信機製作所

戦争犯罪人が、日本の戦争指導の責任者であるなら・・・

『講和条約』 Ⅰ
重光外相は手記している。

「上に立つ指導者、政治家は、戦争責任に問われて敵の手に身の及ばんことを恐れ、戦争責任の転嫁に是汲々たる有様である。

2016年9月22日木曜日

鬼畜と教えこまれていた米軍は陽気でスマートだった

『講和条約ー戦後日米関係の起点ー』 第一巻

厚木飛行場に到着した第8軍司令官R・アイケルバーガー中将は、日本軍機がすべてプロペラをはずし、出迎える日本軍将校がいずれも丸腰姿であるのを見て、目をみはった。

日本人は天皇が自決するまで戦うだろう

 児島 襄(こじま のぼる)『講和条約ー戦後日米関係の起点ー』 第1巻

米軍も、日本人を恐れていた。

…ほとんどの米国人にとっては、日本と日本人は完全に未知の国、まったくの異人種、異教徒、異文化の民でしかない。

大佛次郎著『天皇の世紀』カ中佐、乱暴な出迎えにも、悪意を抱かず!

大佛次郎『天皇の世紀』 1
さて咸臨丸のオランダ人が鹿児島に上陸したときに、当然に外国船らしい見なれぬ船が入ってきたので、城下の町の者があやしんで、不穏な騒ぎを起こした。藩主が招いたもの

2016年9月21日水曜日

大佛次郎著『天皇の世紀』 鹿児島は我々(オランダ人)が想像していたような小さな田舎町ではなかった

『天皇の世紀』 1

『12時、船は藩侯の海水浴場となっている海岸に儲けられた天幕の前に来た。そのとき藩侯は我々に、ぜひ一度鹿児島の砲台や、いろいろの工場を仔細に視察し、

2016年9月20日火曜日

大佛次郎著『天皇の世紀』咸臨丸、勝や榎本を乗せ長崎から鹿児島に入る

『天皇の世紀』 1 大佛次郎 p.428/429

鹿児島藩は江戸から地理的に最も遠く閉鎖された国で、政治的にも幕府の勢力に対し独立した色彩の強い土地であった。関ヶ原の戦いに敗れて以来、中央に服従しているが