2015年10月16日金曜日

オバマ大統領「アフガンからの米軍の完全撤退計画」を見直し

別に今更、腰をのけぞらせてまで驚くような決定であるとは、思わない。
オバマ大統領が、「アフガニスタンからの米軍の完全撤退計画」を見直し、撤退のペースを遅くするように命じた。

イラクの例を見れば、オバマ大統領とすれば、当然の「判断」だ。
それにしても、米国の大統領の「選挙公約」も、軽くなったものである。

「ルーズベルト」が草葉の陰で、悔しがっていることだろう。こんなことが許されるのなら、「”真珠湾”は必要ではなかった」、と「じだんだ」を踏んでいることだろう。


◆ アフガニスタンからの米軍の完全撤退計画を見直し
オバマ米大統領は15日、アフガニスタンからの米軍の完全撤退計画を見直し、撤退ペースを大幅に遅くするよう命じたと発表した。これまでの軍事政策からの大きな転換で、アフガニスタン情勢の対処という任務を事実上、次期政権に引き継ぐ形となる。
オバマ大統領は国内外からの圧力を受け、アフガニスタンからの完全撤退計画の見直しを実施していた。この検討の結果、2016年の大半にかけてアフガニスタンにいる9800人の兵士を維持し、17年にも5500人を残すことを決めた。≫

 ◆ 米国での「選挙公約」も、今や、ただの「念仏」に

オバマ大統領は、大統領選挙期間中(一期目の)、「大統領就任後16ヶ月以内にアメリカ軍のイラクからの完全撤退」を、「選挙公約として掲げていた。

ところが、就任後に、一転。この公約を修正・撤回した。
日本でなら、これは別に「珍しい」ことでもなんでもない。

ごく、「自然な事」と受け止められることであろう。だが、仮にも、米国大統領である。日本のような訳にはいかないのである。

2009年2月27日、オバマはノースカロライナ州で演説し、その際に、2010年8月末までにイラク駐留戦闘部隊を撤退させ、その後は最大5万人の駐留部隊をイラクに残すという、新戦略を発表した。

これは、「完全撤退に対する反対意見が根強い共和党や軍上層部からの意見に配慮したもの」と見られているが、理由はどうであれ、オバマ大統領が、選挙公約を破ったという事実は、変わらない。

「城の城郭」の一か所が崩れれば、その城の運命は、「ここに尽きた」といっても過言ではない。

オバマ大統領は、これで、米国の国民からの信頼を、完全に失くすことになった。そうであってみれば、今回の決定も、米国の国民にすれば、驚くべきことでもなんでもないだろう。

この決定で、米国民は、再び、イラクと、アフガニスタンの両国の「泥沼」に、再び足を踏み入れることになった。


◆ 「ワシントン」は、「米軍の支配下」にある

これまでに、解決できなかったことが、延長をしたからといって、解決するという保障は、どこにもない。それでも、米軍や同盟国などから、「せっつかれて」とうとう、「なし崩し的」に駐留を延長した格好だ。

これでは、「ワシントン」は、もはや、「米軍の支配下」に置かれることになった、といっても過言ではない。オバマ大統領は、今や、自分自身では決定を下すことが出来なくなっている。

世界は、そう見ることだろう。今や、米国の「威信は、地に落ちた」といっても言い過ぎではない。

これで、米国民は、イラクでも、アフガニスタンでも、ますます「憎まれる存在」になることだろう。

それにして、オバマ大統領の、なんと、「選挙公約」の軽さよ。
まるで、風船のようだ。


だが、今の日本は、この決定を「他人事である」と、傍観しておれる状況にない。「安保法案が、可決成立」したからである。

この法案が法律として効力を発するようになれば、自衛隊は、米軍の「下請け」をやらされることは、ほぼ間違いがない。

そうであれば、日本の自衛隊員が、米兵の代わりに「任務を負わされる」と事態になることだろう。

だから、もはや、「他国の大統領」が決めたことと、「昼寝をきめている」ときではないのである。

(2015年10月16日)