2014年8月13日水曜日

LS:ローマ法王のフランシスコが、披露した「現代の10戒」とは。

これは、現代における「10戒」である。
現代の我々にとっては、指針となる「説教」である。

 CNN が報じた記事より__

これが、ローマ法王のフランシスコの、披露した「現代の10戒」だ。
            


                
解説は、米ミドルベリー大学講師で、キリストの生涯についての著書もある、ジェイ・ペリーニ氏のものである。
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1.人を裁かない

 フランシスコ法王は同性愛に関して「自分は裁くべき立場にない」と発言している。キリストも「山上の説教」の中で、「人を裁いてはならない。自分が裁かれたくないのなら」(マタイ7章)と語った。

2.他人のために身を捧げる

 自分のお金や時間を必要としている人に与える。よどんだ水のようにじっとしていてはならない。

3.静かに行動する

 20世紀初頭のアルゼンチンの作家リカルド・ギラルデスの小説から引用。人は若い頃は「あらゆる場所を急流のように流れる」が、年を取るにつれて「静かに穏やかに流れる川」になる。

余暇を楽しむ

 大量消費社会は耐え難い不安をもたらした。子どもたちと遊び、休息を取らなければならない。次の買収のことばかり考えて過ごしてはいけない。お金ではなく、時間をうまく使う。

5.日曜日は家族のために

 これは十戒の一節「安息日を設けよ」(出エジプト記20章)に由来する。週に1日は心の求めに応じ、瞑想(めいそう)、礼拝、家族との生活のために充てる。

6.若者に仕事を

 若者が健全でいるためにはシンプルな仕事が欠かせない。フランシスコ法王はインタビューの中で雇用創出を環境破壊と結び付け、良い仕事がないのは、自分たち自身や地球に対する尊敬の念が欠けているからだと指摘した。生産的な良い労働にこそ価値があり、華やかな仕事に就く必要はない。金持ちになる必要はなく、普通でいい。幸福はそこにある。良い仕事を持ち、他人のために良い仕事を創出する。

7.自然に敬意を払う

 これは第6項にも関連する。フランシスコ法王は、「人類は無差別で横暴な自然利用によって自殺を図っているのか」と問いかける。多大な苦しみを伴わずに空気を汚したり、河川を汚染したり、樹木をむやみに伐採したりすることはできない。私たちの周りの不安や苦しみは、元をたどれば資源の不正利用に起因するのではないだろうか。私たちは自分の魂を浪費しているとも言える。

8.悪いことはさっさと忘れる

 自分を困らせたり苛立たせたりする相手について不平を言ってはいけない。そうしたことはできるだけ早く忘れ去る。人のことを悪く言う人は自分自身がみじめになり、私たちもみじめになる。

信教を強要し過ぎない

 改宗への勧誘は停滞を招くとフランシスコ法王は説く。自分はキリスト教徒だと公言したとしても、人にはそれ以前に個々の世界観がある。この教えは一見、キリストが世界への布教を促した「大宣教命令」(マタイ28章)に矛盾するように思えるが、フランシスコ法王はこの活動を緩やかに解釈し、実例による教えの方をよしとした。それがキリストの真意だったのかもしれない。

10.平和のために働く


 フランシスコ法王は法王に就任した日からこの教えを説いてきた。エルサレムに行ってユダヤ人とパレスチナ人の連帯を働きかけ、平和のために祈り、平和のために働いた。「平和をつくる者は幸いである」と


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この10戒を守れば、幸福と内なる平和が実現すると説く。
「内なる平和」とは、「心の安らぎを得る」ということであろう。

さて、この中で、「このようにせよ」と命令・禁止されているのは、1、8、9、ぐらいであろうか。

そう考えると、まさしくこれは、「現代の10戒」にふさわしいものといえる。
現代では、法律があり、社会的な__人々が守るべきこと__事柄は、宗教が決めるものでは、なくなっているからである。

この事は、「モーセの10戒」を見れば良く解る。


 モーセの10戒


次に示したのは、「エジプト出発の後にモーセがシナイ山にて、神より授かった」とされている、「モーセの10戒」である。

チャールス・ヘストン主演の、映画でも有名なものだ。

≪モーゼの10戒≫

① 私以外の神をもってはならない。
② 偶像を作ってはならないこと。
③ 私の名前をみだりに唱えてはならない。
④ 安息日を守らなくてはならない。
⑤ 父母をないがしろにしてはならない。
⑥ 人を殺してはならない。
⑦ 姦淫してはならない。
⑧ 盗んではならない。
⑨ 偽証してはならない。
⑩ 隣人の家を欲しがってはならない。

これらはすべて、「・・・ならない」となっており、禁止事項である。
言い換えれば、「・・・するな」と言っていることになる。

もちろん、何事も、裏と表があるという事も、真実であろうから、二面的な捉え方をすれば、「・・・せよ」という表現にもなることは、確かではあるが。

とにかく、法律を持たない社会においては、必要な規律であった、といえる。
ただ、①②③④は、如何にも、宗教の規範というに相応しい内容だ。

それも、この神様は、恐ろしく、「身勝手」だ。
だから、ユダヤの神は、「焼きモチやきの神様」と、表現する人もある。

⑤は、現代においては、道徳と呼ばれている。
中国にあっては、孔子が、重要視した。

⑥⑦⑧⑨⑩は、現代のおいては、刑法が、その役目を担っている。
誰でもが、知っていることだ。

 ローマ法王のフランシスコ

さて、話を元に戻す。
ローマ法王のフランシスコが、述べる「10戒」のことである。

私流に解釈してみた。
言葉も、言い換えてみた。

① 他人を裁くな。

人は、それぞれであるから__こう言ってしまえば、身もフタもない話になるが__他人の事を、とやかく言うな、ということであろう、と理解する。

諺で言うなら、「蓼食う虫も好き好き」であるから、ほっておけ、という事になろうか。賛成である。

② 献身せよ。

耳の痛い話だ。
日頃から、そのようには勤めようとはしているが、なかなか、これが難しい。
せいぜい、道端に落ちているゴミを拾ったり、公園の雑草を取るぐらいのことしかできない。

③ 穏やかな心を持て。

これは、一にも二にもなく、賛成する。
荒れた心で、暮らしていても、決して、良い結果は、産まれない。
この度の病気で、よく解った。

「毎日を、穏やかな心で暮らす」という事は、とても重要な事だ。

④ 自分自身の楽しみを持て。

これも、良い。
何の、かんのといっても、所詮、人間は自分が一番大切だ。
自分が、楽しまないで、どうして、他人を楽しませることが出来ようか。

明治維新の鬼才、高杉晋作の句と言われるものがある。
「おもしろくもなき、世のなかを、おもしろくするは、わがこころなり」

この世を、「おもしろく」=「楽しく」生きることが、周りの人間を幸福にする。

⑤ 家族を大切にせよ。

自分が大切であれば、家族が大切であるのは、当然だ。
親、兄弟、妻、夫、子供。
御釈迦様も、家族の不和を、苦しみの一つとした。

家庭が円満であれば、それだけで、十分に幸福な人生を送っていると言える。
是非、家族の事を、自分と同じぐらいに、大切にしたいものである。


⑥ 普通の生活を持て。

私の叔父が、一枚の額を、家の欄間に掲げている。
その額に書かれている言葉が、この事を言っている。

「知足安分」と書かれてある。
「足る事を知り、その分に安(やす)んじて」暮らす、という意味である。
安(やす)んじて』と、いうのは、「甘んじて」と言い換えてもよい。

余り、「高望みをするな」ということでもある。
だが、「卑屈になれ」という__消極的な__意味ではない。

⑦ 自然とともにあることを知る。

これも大切なんことだ。
人間が、自然とともにある事のありがたみを忘れたことが、今日の事態を引き起こしているともいえる、と思うからである。

今一度、人間が、どこから生まれてきたのか、よく考えてみる必要があるだろう。「人間にとっての母」が、誰なのかを、よく言考えてみることが、重要だ。

⑧ 他人の事で、いらだつな。

我々は、自分に事で悩まず、__どうする事も出来ないのに__他人の事で、悩む事が多い。
この事が、犯罪の動機となることが多い。
もし、「他人の事で、いらだつな」という事が守れたなら、現在の犯罪は、随分少なくなることであろう。

⑨ 他人の権利を尊重せよ。

これは、⑧と関連する。
⑧と同様に、この事が、守られていえば、大抵の問題は、片が付く。
自分の事ばかり、主張するから、諍(いさか)いが、起きる。

「一歩、ゆずる心」が大切だ。

⑩ 平和を愛好する。

世の中は、これに尽きる。
お金も、立派な邸宅や、車も、すべて、平和があってこそ、だ。

これなくしては、何も実現することは出来ない。
この事は、今日に世界にあっては、とても、重要な事だ。

宗教が、人間の幸福に資することが出来ないとすれば、存在価値はない。

(2014/8/13)