現代ビジネスが、牧野洋氏の「集団的自衛権問題でニュース面が論説化・・・客観関報道とは名ばかりの朝日と読売」と題する評論を、記載している。
重要と思われる内容を含むので、検討して診たい。
1) 現代ビジネスの記事
牧野洋氏は、賛成紙の代表に朝日新聞、反対紙の代表に読売新聞を選んでいる。
『新聞社にとって客観報道は基本であるとはいえ、百パーセント客観的な紙面作りは事実上不可能だ。だからといって、国を二分するような論争が起きているときに一方に肩入れし過ぎていいわけではない。
重要と思われる内容を含むので、検討して診たい。
1) 現代ビジネスの記事
牧野洋氏は、賛成紙の代表に朝日新聞、反対紙の代表に読売新聞を選んでいる。
『新聞社にとって客観報道は基本であるとはいえ、百パーセント客観的な紙面作りは事実上不可能だ。だからといって、国を二分するような論争が起きているときに一方に肩入れし過ぎていいわけではない。
肩入れし過ぎの好例は、直近では集団的自衛権をめぐる報道だろう。政府は7月1日の閣議決定で、集団的自衛権行使の容認に向けて憲法解釈の変更に踏み切った。すると主要紙は、旗幟鮮明にした関連報道で翌日の紙面を埋め尽くした
まずは反対派代表格の朝日新聞。1面では最上段に「平和主義覆す解釈改憲」と大見出しを掲げ、「『強兵』への道 許されない」と題した編集委員コラムを載せている。・・・
賛成派代表格の読売新聞はどうか。朝日と同様に、閣議決定翌日の紙面では集団的自衛権報道を全面展開。1面では、最上段の「集団的自衛権 限定容認」のほか「安保政策を転換」「憲法解釈 新見解 閣議決定」などの見出しを掲げている。
朝日の「平和主義壊す」と比べれば中立的なトーンだ。・・・朝日の総合面に出た「危険はらむ」「ねじ曲げられた」「論理の暴走」などと比べれば、見出しベースでは読売の総合面は落ち着いているといえよう。それでもほぼ賛成一色であることに変わりはない。』(現代ビジネス 7/4)http://gendai.ismedia.jp/articles/-/39741
2) 朝日(=反対紙:反対派)、読売(=賛成紙:賛成派)の代表紙か
牧野洋の『メディア批評』となっている。
牧野氏は、全国紙のなかで、賛否両論の代表的新聞紙として、朝日(=賛成紙:賛成派) とし、 読売(=賛成紙:賛成派)を取り上げている。
果たしてこの認識は、正しいのであろうか。朝日(=反対紙:反対派)は、それでいいであろう。しかし、読売(=賛成紙:賛成派)と言うのは、現状を正しくとらえてはいない。
日本で、集団的自衛権をめぐる報道で、”賛成紙:賛成派”と言えば、産経新聞である。この見解こそが、客観的な見方である、と思う。
だから、牧野氏の前提そのものに、問題がある。これでは、今日の日本のメディアの状況を、正しく反映したものにはならない。
3) 産経新聞こそが、「賛成紙:賛成派」である
産経ニュースは、10回にわたり、政治欄で、「高橋正之のとっておき」 ”朝日、毎日への反論”と題して、記事を掲載している。
その第10回目は、”朝日、毎日への反論(10) 集団的自衛権問題 「扇動」でなく「報道」をしよう”というタイトルだ。
これほどの挑戦的なタイトルが、他にあるだろうか。
相手は、今日の日本を代表する、朝日と毎日という報道機関だ。
読売新聞が、このような挑戦的なタイトルで記事を書いているであろうか。
そのような記事は、目にした事がない。
だから、産経新聞こそが、「賛成紙:賛成派」である、といえる。
4) 新聞報道は、客観的である事が命か
新聞報道の目的とは、何であろうか。
新聞報道の命は何か、と言い換えてもよい。
それは、権力を監視することである。
持てる組織の全精力を傾けて、国民になり替わり、権力を監視することである。
そのことで、国民の人権と自由と幸福への要望に応えることだ。
国民の利益が優先されるのなら、--それが実現できるならーー多少の事は許される、と思う。
(2014/7/7)集団的自衛権問題でニュース面が論説面化---客観報道とは名ばかりの朝日と読売