2014年6月19日木曜日

理研の野依理事長、STAP細胞検証実験に、小保方晴子氏の参加を要請か。

「不可解」とは、この事である。
理研は、小保方氏が「ネイチャー」に載せた、STAP細胞に関する、論文に不正があるので、論文の取り下げを求めた。
その理研が、今度は、小保方氏に「再現実験に加わってほしい」、と言っている。

 
『理化学研究所の野依良治理事長は19日、STAP細胞の有無を調べる検証実験について「小保方晴子氏がやらないと決着がつかないと思っている」と実験参加への期待感を述べる一方で、参加を認めるかどうかに関しては小保方氏への懲戒処分を見極める必要があるとの考えを示した。


 理研の懲戒委員会は、研究不正が確定した小保方氏への処分を検討している。野依氏は「懲戒解雇になれば参加できない」との見方を示し、処分内容や小保方氏の体調を考慮する必要があると話した』(産経ニュース  6/19) http://sankei.jp.msn.com/west/west_life/news/140619/wlf14061920360023-n1.htm
あいた口が塞がらない、とはこの事である。
一体どういう神経なのだろう。

科学者として、立派である事と、人間として立派である事とは違う、ということの見本、か。

不道徳極まりない。
だが、単純に、このように考えるのは、間違いかもしれない。

市井(そこらへんの)人間としての道徳心と、(自然)科学者の道徳心は違う、と思うからである。

それは、違って、あたりまえだ。
今回の「騒動」も、これを混同している事が、大きな原因のひとつであろう。

 市井の人間としての道徳心と、「政治家」としての道徳心の違い

どういうことか。
例を挙げて、説明する。

市井の人間としての道徳心と、「政治家」としての道徳心の違い、である。
こういえば、理解して頂けるであろうか。

「政治家」としての道徳心とは、「経済」を実施する事。
経済とは、国を経(おさ)め、民を済(すく)う、こと。
これに尽きる。

市井の人間の道徳心とは、人倫に背かないこと。
人としての倫(みち)の背かないこと、である。

正直である事。
誠実である事。
人に親切である事、・・・・。

例を挙げればきりがないので、これくらいで。

だから、政治家が、仮に、人倫に背いたとしても、必ずしも、不道徳である、とは言えない。

政治家の道徳心を測る物差しは、「経済」をどれ程よく実施したか、による、からである。
いいかえれば、市井の人間を、どれ程、「幸福にしたか」、による。
そのために、どれほど貢献したか、による。

 科学者としての道徳心を測る、物差し

では、科学者としての道徳心とは、何か。
それは、科学の進歩と人類の進歩に貢献すること、である。

科学者が、科学の進歩と人類の進歩に、どれだけ貢献した、か、による。

だから、市井の人間としての道徳心がなくても、科学の進歩と人類の進歩に貢献したなら、立派に科学者としての道徳心がある、と言える。

 野依氏は、科学者としての道徳心を「発揮」した

この所、理研は、盛んに毎日新聞に、小保方氏の情報を流している。
それを鵜呑みにして、毎日新聞の女性記者が、せっせとコピペして、記事を書いている。

理研がリークしていることを、理研の所長である、野依氏が知らないわけがない。
当然、野依氏の了解のもとに、行っている事だろう。

片方で、そのような不道徳(市井の人間としての道徳心で)な事をしていながら、今回のような要請をする。

冒頭に「不可解」と書いたが、こう考えてくると、納得がいく。
野依氏は、科学者としての道徳心を「発揮」したのだ。

そこに矛盾はない。

 「STAP細胞がない」と言いながら、何故、再現実験をする

理研は、「論文に不正があった」として、小保方氏を「解雇も同然」の形にしておきながら、今度は、「再現実験に参加してほしい」、と頼む、算段のようだ。

だが、「不正があって認められない」、「論文を取り下げろ」というような要求は、「STAP細胞がない」と言ってるのと、同じである。

それを、まだ、再現実験をする、とは。
いかなる根拠で、再現実験をしよう、と言うのか。

論文の取り下げを勧告したことで、「STAP細胞がない」と認めたことになる、ではないか。
「認めていない」と言うのなら、何故、論文の取り下げを、勧告する必要がある。
 野依氏の、科学者としての道徳心は、本物か
こんな苦しい答弁をしなければならないということは、「自民党本部で開かれた調査会の会合」に出て、相当、「油を搾られた」からではないか。
この記事は、野依理事長自身は、小保方氏の参加を「認める」考えを持っていると、報じている。
これが解(げ)せない。

野依氏は、かっての記者会見の時に「誠に遺憾。科学社会の信頼性を損なう自体を引き起こしたことに対して改めてお詫びします」と陳謝したはずだ。

その「科学社会の信頼性を損なう自体を引き起こした」?小保方氏。
野依氏が、科学者としての道徳心が、みじんもない、と非難した、その当人に、救いを求めるとは。

今頃になって、「再現実験に参加してほしい」、などと、よく言えたものである。
これでは、科学者としての道徳心はない、ということになる。

野依氏に言わせれば、小保方氏は、「科学社会の信頼性」を大きく損ねた人物、ということになる。
ということは、科学の進歩と人類の進歩に、ひとつも貢献しなかった、ということだ。

どうして、そのような小保方氏に、再現実験に参加する資格があるのか。
と、こういうことになりはしないか。

「そうはならない」、というのであれば、どうなるというのか。

 理研の混迷は、見苦しい 

改革員の中には、「論文が撤回されたなら、STAP細胞は存在しないことになる。再現実験の必要性がない」と言い切る、委員もある。

政治家の混迷は、理解できないことではないが、理研の科学者としての、道徳心の混迷は、見苦しい。

(2014/6/19)  (大きく、加筆した   5/20 )