2014年6月21日土曜日

ショート時評:特定秘密保護法への縛り。国会法改正するも、骨抜きに。

集団的自衛権の与党協議に目を奪われているうちに、静かに潜航する中で、「いつの間」にか、決定された、ようだ。

「情報監視審査会」の事である。


『特定秘密保護法の運用をチェックする「情報監視審査会」を衆参両院に新設する改正国会法は20日夜の参院本会議で与党などの賛成多数により可決、成立した。野党は慎重審議を求めて採決に反対したものの、与党が押し切った。審査会は12月に予定される秘密保護法施行とともに発足。政府に運用改善を勧告できるが、強制力はなく、監視機能の実効性を疑問視する声が根強い』(東京新聞 6/20)

 これは、見え見えの、ガス抜き

これは、見え見えの、「ガス抜き」である。
特定秘密保護法がいかに、いい加減なものであるか、を物語るものだ。

また、つねづね、国民にていねいな説明をする、と公言している安倍首相の姿勢が、偽りである事を証明している。

「政府に運用改善を勧告」できるだけで、「強制力はな」い、ようなものなど、なんの「つっぱり」にもならない。

「はい、そうですか」で終わり、だろう。
こんな機関で、チェックが出来るなどは、お笑い草である。
もともと、チェックをさせる気など、「さらさらに」ないのであろう。

まったく、国民を愚弄するものだ。
とても、誠実な態度とは思えない。

これでは、最初から、「内閣の好きにやらせてもらいます」と言っているのと、変わりがない。

「監視機能の実効性を疑問視する声が根強い」ような法案が、何故可決、成立するのか。

強引に「与党が押し切」るのか。
全ては、集団的自衛権の行使の容認に絡むことだ。

さらに、年末に予定されている米国との協議「ガイドライン」の改定協議に関係している、こと。

安倍政権は、どうしても、それに間に合わせることが、至上命令になっている。
しかも、その命令は、安倍首相が、自ら発したものではなく、「ワシントン政府が発したものだ。

そこに、事の本質がある。
このように書く筆は、呪われるかもしれない。

だが、書かずには、おれないのだ。
大手マスコミが、特定秘密保護法を先取りし、自らの筆を、曲げようとしている、からである。

 本日をもって、日本国憲法は、死んだ。

我々は、中国を「自由がない」国と、叫び続けてきた。
だが、日本もそうなる。
中国を「笑えなくなる」
そんな日が、来る。

あるいは、北朝鮮を笑えなくなる。
北朝鮮は、「何をする国か分らない」と言えなくなる。

日本が、「そうなってしまう」かも知れない、からである。
やがて、日本が「世界の脅威」に思われる日が来る、かもしれない。

それを、われわれ自身の手で、止められない。
我々自身の手を縛り、目をふさぐための法律。

今日の、法律改正の成立をもって、そのような法律を、縛る手段がなくなった。

本日をもって、日本国憲法は、死んだ。
「記念」すべき日だ。

これで、日本国憲法も、国会議員すらも、手が出せない。
それが、特定秘密保護法だ。

もう目の前に迫っている。
残された日は、ほんのわずかである。

(2014/6/21)