2015年12月2日水曜日

アルヘル・べラスコ氏「我々の夢と力 それらはどこに消えたのか」

これは、今日の日本の状況に対する強烈な「メッセージ」である。そう、思う。
戦前に「東」機関という情報収集組織があった。それに関係した重要人物が、スペインの「アンヘル・アルカッサル・デ・べラスコ」氏、である。高橋五郎氏の『天皇のスパイ』に詳しい。


2、3日前から、太平洋戦争における、「講和条約」に関する本を読んでいる。これは、戦後史を読んでいく中で、さらによりくわしい「歴史」を知りたいと考えたからである。

今日、何気なく「youtube」を見ていたら、思いがけない動画を見つけた。日本が戦争中に「極秘につくった」、情報収集機関――「東」機関――の存在を探る番組の「動画」である。

その動画に登場する「主人公」は、スペインの「アンヘル・アルカッサル・デ・べラスコ」氏、である。


 『天皇のスパイ』べラスコ

この「べラスコ」については、以前に読んだ高橋五郎氏の『天皇のスパイ』という本で、初めて知った。

――「日本はどこに行ったのか」。この発言はかって来日して国内を歩き、そして旅を終えたべラスコが帰国の際に残した”遺言”だ。――と、高橋氏は、この本の「はじめに」で書いている。

この動画のなかにおいても、べラスコは、――「我々の夢と力 それらはどこに消えたのか。なんて無駄な努力をしてきたんだ」と――同じように「憤慨」してみせた。

これは、現在の日本の、日本人の我々への強烈な「メッセージ」である。


(動画の中で、最後のほうで「べラスコ」の言葉が出てきます。)

戦前の日本が、戦争を遂行するうえにおいて、「情報をいかに軽視したか」ということについては、――そのことが、敗戦につながった、大きな原因であった、――多くの人々からの批判がある。

この動画でも、米国の元軍人が、日本が「情報参謀」さえ置かなかった、ということを知って、ひじょうに驚いている場面が出てくる。

また、動画の中の、ある日本人は「情報を利用するのが嫌い」だった、のではないか、という感想を述べている。

これは、一体、どういうことなのか、と考えてみた。つまり、それは「武士道」につながるのではないか、と私は結論した。


「正々堂々」と、正面から戦う。「卑怯」な方法を用いては、戦わない。だから、「レーダーの技術」が利用できるところまで、日本の研究者が開発をしていた「貴重な技術」の価値を、見抜くことが出来なかった。(このあたりの事情については、藤原 肇『インテリジェンス戦争の時代』山手書房新社刊 が詳しい。)

あるいは、「見抜いていた」が、それを利用しようとは考えなかった、というのが「真相」に近いのかも知れない。

それは、「真珠湾攻撃」を考えても、よく解る。「”一撃”を加えて、敵を撃破した」のに満足してしまって、「詰めの攻撃」をやめている。

「たたくときは、徹底してたたく」ということをせずに、「武士の情け」ということなのか、「「中途半端」な攻撃でやめている。

真珠湾攻撃は、日本の「国運」をかけた「臥薪嘗胆」の戦いであったはずだ。国力のすべてを投入する「戦い」であった。そうであるのに、何故、強力な戦艦群を「防護のために」つけてやらなかったのか。

強力な戦艦群を「遊ばせた」まま、「真珠湾攻撃」を行ったのか。まったく、理解できない。

また、戦争に突入する前に「米国の国情」を、十分に「探索」しなかった。ルーズベルトの置かれていた立場を、十分に把握しなかった。これも、情報を軽視した結果のことである。


日本の戦争指導者は、「戦国時代の戦闘思想」で、20世紀の戦争を戦おうとした、のではないか。そう、私には思えるのである。

近代の戦争は、「武力で行うのではなく、頭脳で行うもの」であるという発想が欠けていた。そう感じるのである。それは、「情報を重要視しなかった」ということからも、よく解ることだ。

そして、さらに悪いことは、仮に「情報があっても」、それを自分たちの「都合にいいように解釈を加えた」ということである。

このことは、現代の日本においても、あらゆる面において観られる「普遍的」な傾向であるように、私には感じられる。

このことこそが、過去の、現代の日本の、最大の「失敗の原因」である、と思う。

 この記事では、動画」のみを「資料に使って」記事を書いた。これも「KININARU」ニュースということが出来る、のかも知れないと考えている。

〔参考にした本〕

藤原 肇『インテリジェンス戦争の時代 情報革命への挑戦』山手書房新社

(2015年12月2日)

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