2014年9月8日月曜日

LS:「安倍内閣の閣僚として発言すべきで、個人としての発言は許されない」 

いくら「石破茂前幹事長が安全保障に対して安倍首相と考えが異なると話し、混乱を与えたことなどを念頭に置いたもの」だとしても、ひどすぎる。

まるで、小学生のような扱い方である。とても、重職にある閣僚に対する取扱いとは思えない。









1) YAHOO の記事より__。

菅義偉官房長官内閣の方針は、すべて「総理と官房長官」が示すから、

閣僚にはそれに、異を唱えたりせずに、従うようにと、発言した。

そして、「安倍内閣の閣僚として発言すべきで、個人としての発言は許されない」と閣僚に伝えた。 



『菅義偉官房長官は内閣改造が行われた3日、初閣議後の会見で「内閣の方針は、すべて総理と官房長官が示すので、閣僚にはそれに統一するよう伝えた。閣僚として問われるのだから、あくまで安倍内閣の閣僚として発言すべきで、個人としての発言は許されない」と述べ、閣僚に対して個人的な考えを述べることがないよう釘を刺したことを明らかにした。

 これは、石破茂前幹事長が安全保障に対して安倍首相と考えが異なると話し、混乱を与えたことなどを念頭に置いたものだと思われる。

 これに応じて、初入閣を果たした小渕優子経済産業大臣が就任後の記者会見で、原発再稼働に関して「原子力規制委員会によって安全性が確認されたものについては再稼働を進める」という政府方針を繰り返し述べるなど、早速指導の効果が発揮されている。』=DAILY NOBORDER編集部 9/8
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140908-00010004-noborder-pol

2) 大手の新聞は、何故、記事にしないのか。

このような重要な情報が、大手の新聞社によって報道されないのは、どうした事だろう。もうすでに安倍政権によって、政権内に取り込まれてしまっているのだろうか。

安倍首相は、また、外遊に出かけた。外遊の際には、新聞社の記者も同行する事が許されているようだ。


普通の感覚で言えば、権力の監視者であるものが、権力者に同行し、同じ飛行機に乗るなどと言うことは、考えられないことである。


安倍首相は、、国内の重要な案件について、外遊先で記者会見をして、__不思議な事であるが__発表する事が目立つ。


同行していなければ、重要な情報を取ることが出来ず、他社に差を開けられる。


こういう事もあって、「自主的」に規制しているもかも知れない。だが、情報は、どこからか漏れるものだ。まして、菅長官が、会見で堂々と述べたことだ。何故、それを記事にしないのか。


3) 「独裁政治」そのもの


それにしても、「内閣の方針は、すべて総理と官房長官が示す」ので、それに異議を唱えずに従えというのは、横暴すぎる。


それでは、「独裁政治」そのものである。

たとえ、「総理と官房長官が示す」といっても、安倍首相が、「最高権力者は私である」と述べている以上は、二人の見解と受け取ることは出来ない。

あくまでも、安倍首相の見解ということになる。

そうであれば、国会内での閣僚の答弁は、一体どうなるのか。

国会においても、「個人としての発言は許されない」ということなのか。もし、そうであるとすれば、何のための大臣か。閣僚は、安倍首相の「操り人形」か。


それでは、到底、国会内での自由な発言や議論はできない。

国会内での自由な発言や議論こそ、政治家の、国会議員の命である。
民主主義の根幹である。

国会内での自由な発言や議論であってこそ、それについての責任が、自身で取れる。

政権の閣僚であっても、それは同じことである。

たとえ、閣僚であっても、責任を負っているのは、__信託を受けた__日本の国民に対してである。

安倍首相に対してではない。

4) 我が国の閣僚は、不用意な発言が多すぎる。


もっとも、菅長官の、この懸念も分らない訳ではない。
これまでに、何人かの閣僚の「不規則発言の尻ぬぐにをさせられていた、菅長官としては、これこそが「個人的発言」と言えるのかも知れない。

その点は、同情する。
安倍首相になり変わり、[火消し」に努め無ければならなかったことは、二度や三度ではない。

本心では、「いい加減にしてくれ」という気持ちが強かったことだろう。もう二度とふたたび、ご免である、と__菅長官が__考えても無理はない。

とにかく、我が国の閣僚は、不用意な発言が多すぎる。その事で、過去にも、多くの閣僚が更迭された。

もちろん、正当な発言であったのに、時流が悪くて、__いわば、詰め腹切らされた__更迭されたという例がない訳ではない。

だが、やはり、どう考えても、閣僚としての発言である前に、政治家として__以下が寝ものかという事を平気で言う、と言うのは、内閣としては、困りものであろう。

アが、要するに、これも、自業自得ではないか。
閣僚の候補に挙がってくるほどの議員なら、それまでの「業績」は、良く解っているはずである。

どんなことを発言するかと言うことぐらいは、充分に予想がつくはずだ。それでも、派閥の論理が働いて、「やむなく」閣僚に任命しなければならない、といばあいもあろう。

だが、それでも、最終的な判断は、任免権者である、内閣総理大臣が下したことである。その責任は、誰にある訳でもない。ほかならぬ、自分自身にある。


(2014/9/8)