2014年9月22日月曜日

小渕経済産業大臣は、原発重視。  「安全性を最優先にして、合格した原発は再稼働させていく」

小渕経済産業大臣は、ーー_誤解を恐れずに言えばーー「分裂病」だろう。
「そう」としか思えない発言である。


1) NHKの記事より__ 

小渕経済産業大臣は、安全性を最優先にして、原子力規制委員会の審査に合格した原発は、再稼働させていく考えを示した。



「古くなった火力発電所をフルに使っていて、安心できる状況ではない」とのべた。
では、古くなった原発を再稼働させることには、問題が何もないのか。

『小渕経済産業大臣はNHKの日曜討論で、原子力発電所の再稼働に関連して「資源の乏しい日本はエネルギーのバランスが大事だ。原子力発電所を持たない選択をするということは難しい判断だ」と述べ、安全性を最優先にして原子力規制委員会の審査に合格した原発は再稼働させていく考えを示しました。

この中で小渕大臣は、日本のエネルギーの現状について「原発がなくてもわれわれの生活は回っているという話を聞くが、古くなった火力発電所をフルに使っていて、安心できる状況ではない」と述べました。

そして「化石燃料の輸入額は東日本大震災の前と比べ1日に換算して100億円増えている。電力コストは家庭が2割、企業は3割増え、中小企業や零細業者にとって経営問題になっている」と述べ、火力発電への依存が家計や企業に重荷になっている現状を説明しました。

そのうえで小渕大臣は、太陽光や風力などの再生可能エネルギーによる電力だけでは供給が不安定だとしたうえで、原子力発電所の再稼働に関連して「資源の乏しい日本はエネルギーのバランスが大事だ。

原子力発電所を持たない選択をするということは、将来を視野に入れたエネルギー政策を考えたとき難しい判断だ」と述べ、安全性を最優先にして原子力規制委員会の審査に合格した原発は再稼働させていく考えを示しました』=NHK 9/21

2) 政治的な信念がないのか

「ある種、当然のことである」と、述べていた。




これこそ、二枚舌の典型的な例である。

少し前には、小渕経産相は、「母親として、どう理解すればいいのか。不安だとか心配だというのが先立ってしまうのは当然のことだ」と述べていたのである。

それが、いつの間にか、

「原発がなくてもわれわれの生活は回っているという話を聞くが、古くなった火力発電所をフルに使っていて、安心できる状況ではない」

「資源の乏しい日本はエネルギーのバランスが大事だ。原子力発電所を持たない選択をするということは難しい判断だ」

という見解に変わった。

もちろん、この事は、安倍首相や、菅長官に言われたことであろう。
経産相としての立場をよくわきまえて、発言をしてほしい」とでも言われたのであろう。

だが、それでは、「操り人形」と同じことである。
それなら、誰がこの立場にいても、同じことに成る。

小渕氏は、それでいいのか。
そんなにまでして、閣僚でいることにこだわりたいのか。

それで、政治家としての、自分の信念が、成り立つのか。
自分の政治理念を、追究する事より、安倍首相や、菅長官の「操り人形でいること」を、選択し続けたいのか。

「小渕経産相が自身のふたりの子どもを連れて原発の近くに住んだうえで、『原発は安全です』と言えたら、母親という立場を政治に使ってもいいのではないか」
という、高瀬淳(名古屋外国語大学教授)の意見がある。

これは、決して、極端な意見ではない。
それくらいの覚悟がなくては、「原発を再稼働させる」ということは、言ってほしくはない、というのが、多くの国民の、意見であろう。

ソフトな、イメージに騙されてはならないのである。

(2014/9/22)