2015年8月5日水曜日

自民党、武藤貴也議員の「発言」は、辞職に値する

発言を、「撤回」をしないという判断は、「それはそれ」で、本人の自由である。
だが、どちらにせよ、自民党の武藤貴也議員の「発言」は、辞職に値する。

前回は、簿記に言えば、「資産」側から、見た。この記事では、「負債」側から、検討を加えてみたい。

この武藤氏の「発言」は、二つの点で、「辞任に値する」と、思う。


1) 「日本国憲法」の前文や、「教育基本法」の精神を否定する、発言だ

武藤氏の発言が、「辞任に値する」ことの理由のひとつは、「戦争に行来たくない」という主張を、「利己的な、自己中心的な」考えと、切り捨てたことにある。

今朝の信濃毎日は、社説において、次のような記事を載せた。

”「『だって戦争に行きたくないじゃん』という自分中心、極端な利己的考え」。安全保障関連法案への抗議行動を続ける若者のグループ「SEALDs(シールズ)」に、自民党議員が短文投稿サイトのツイッターでこんな言葉を浴びせた。法案を審議した衆院特別委員会の武藤貴也委員の発言だ。
 谷垣禎一党幹事長は会見で「舌足らずな発言だ」と指摘したが、そんな甘い認識で済まされない。日本の平和主義や民主主義の根幹にかかわる問題だ。見過ごすことはできない。・・・”

武藤氏の「ツイート」を素直に読めば、まさに、「信濃毎日」の社説が、述べる通りである。

武藤氏は、谷垣幹事長から「舌足らずな発言だ」と、指摘を受けたためか、自己のブログにおいて、「言い訳めいた」長文の記事を、載せた。

だが、ツイートを投稿した時点においての、武藤氏の「発言」を読むと、「日本の平和主義や民主主義の根幹にかかわる問題」であり、看過できないのは、当然の認識である。

我々日本人は、過去の戦争を反省し、二度と自国の国民や、他国の国民が、悲惨な目に合う事がないよう、「平和の誓い」を、した。

「戦争には、行きたくない」という考えは、「殺し、殺されたくない」ということであり、近代的な、文化的な社会に生きる人間として、当然の「思い」である。

それは、けっして、「利己的な、自己中心的な」考えではない。

それは、お互いの権利が対立した時に、「武力に訴えず、平和的な手段で、解決する」という、世界に人びとの共通する「思い」を、「代表する」考えである。

それなのに、武藤氏は、「だって戦争に行きたくないじゃん」という考えを、否定した。しかも、それを、「自己中心的」、「極端な利己的考え」である、という認識のもとに、「切り捨て」た。

”「戦争には、行きたくない」=「自己中心的、極端な利己的」な考え”と短絡的にとらえ、その理由を「戦後教育」の結果とした。


この「戦後教育」について、武藤氏は、おそらく、「日教組による」教育を、「意識」していると思われる。それは、それで、ひとつの観方であり、「構わない」と思う。

だが、”「戦後教育」全般を否定した”、ということであれば、事とはそう簡単ではない。

憲法の「前文」で、我々は、「諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意」をしたのである。

その結果のひとつとして、「教育基本法」を制定した。
その「教育基本法」の精神の基づき、戦後の教育は、行われてきた。

だから、我々が、「政府の行為」により、再び戦争の惨禍が起きる」と、判断すれば、それに反対し、その動きを阻止しようとするのは、「正しい」行動だ。


2) 武藤貴也議員の「言動」は、国会議員としての「資格」に欠ける

さらにこの発言は、国民の権利の侵害、という面においても、問題である。

国会議員である武藤氏が、国民の固有の権利である「権利」。思想、信条を表明する「自由権」を、「制限するかのごとき」発言を行うのは、明確に「憲法に違反」している。

ましてや、武藤議員は、この発言を「撤回しない」と、会見で述べている。
この発言自体も、問題である。

あらためて言うまでもなく、憲法は、第十三条 で、「国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」(は)・・・最大の尊重を必要とする」と述べる。

また、第十九条は、「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない」と言っている。

さらには、第二十一条で、「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」と規定されている。

国会議員は、この「国民の権利」を保障すべき立場にある。
当然、武藤氏にも、その義務がある。

ツイッタ―での「発言」だけでなく、その「発言自体を撤回をしない」という事は、武藤議員は、この言動を「正しい」と自分自身では、「判断している」、という事になる。

これは、「とんでもないこと」だ。
憲法13条、19条、21条は、憲法の「根幹をなしている規定」である。

国会議員なら、「死んでも、守らなければならない」(表現が適当ではないかもしれないが)規定である。

その規定を、平気で「蹂躙」した。
武藤氏には、もはや、国会議員としての「資格に欠ける」と、思う。

本来なら、「議員辞職」に値する。


3) 「安保法案=戦争法案」であることを、証明する発言だ

武藤氏は、言うまでもなく、自民党の議員である。
当然、今回の安保法案の賛成者である。

しかも、「安倍晋三応援団」の一員である、という事が出来る。
なぜなら、「文化芸術懇談会」の発起者の、一人でもあるからだ。

武藤氏は、安保法案に反対する「若者の団体」を批判して、その理由を「”だって戦争に行きたくないじゃん”と、主張していること」に、求めている。

このように、―「戦争に行きたくない」という若者をー批判するという事は、今回の安保法案が、「”戦争法案”である」という事を、証明するものである、と思う。

武藤氏は、安保法案が成立すれば、日本(自衛隊)が海外に本格的に出ていくことになる、という判断をしているのであろう。

そういう時、その「担い手である」若者に、「戦争に行くのは、嫌だ」と言われるのは、困る。だから、そういう「主張をする若者」を批判し、敵視するのだろう。

「戦争に行きたくない」という若者の考えに共感する、若者がこれ以上増えると、「大変だ」という考えが、あるのだろう。


もう一度、繰り返す。
武藤氏は、支持者らと、相談の上、「身の振り方」を、決定すべきだ。
もちろん、仮に「辞職する」という決断をしても、また「選挙に出る」権利はある。

尚、今一つ付け加えておきたい。国会の対応について、である。
この発言は、「国会」においても、当然、議論すべきことである。
もし、この発言を国会が、問題視せず見逃すなら、国会自体が、この「発言を容認した」と、いうことになるからだ。


(関連サイト案内)

 武藤氏、学生デモ批判を撤回せず 「若い人がだまされている」=東京新聞
 SEALDs、武藤氏に発言反発 「自民こそ自己中心的」=北海道新聞
 武藤氏投稿、党内にも「不適切」 自民国対幹部=北海道新聞
 安保法制反対のデモに創価学会の三色旗・・・=livedoor
 揺れる安保政策】礒崎氏更迭要求収まらず・・・=47ニュース
★ 「議員辞職ものだ」 武藤氏発言問題、自民内からも批判=朝日 (8/6追加)

※ 大幅に加筆して、再送しました。

(2015年8月5日)