2015年8月7日金曜日

「世界でもまれなほど手際の良い」日本に異変 五輪をめぐるゴタゴタ

「五輪」にまつわる「ゴタゴタ」が、後を絶たない。
JRに代表される、―世界で唯一といってよいほど―、時間に「正確」な日本が、「延着」を、繰り返している。

「世界でもまれなほど手際の良い」日本に、異変が起きている、のだ。
これは、一体何を象徴しているのであろうか。
日本は、今や、「規律正しく」物事を運ぶ力を、失ってしまったのか。


1) 安倍首相の「鶴の一声」で決まったことの不思議さ 

五輪のメイン会場になる予定の、国立競技場を建て替えることにし、設計プランを決定したことまでは、「良かった」。

ところが、そのあとが、いけない。
設計プランが決まってから、多くの疑問点が投げかけられていたのに、競技場を更地にしてから、「ゼロベースで見直すことになった。

しかも、安倍首相の「鶴の一声」によってである。

それから、「てんやわんや」の、大騒ぎが始まった。
今では、自民党内からでさえ、「ゼロ・オプション=国立競技場を新たにつくらない」という案まで、出てくるようになってきた。

一体全体、今、何が起きているのか。
何が、原因でこうなっているのか。

このことについて、思うところを述べてみる。


2) 「五輪誘致」は、誤りであった

以下引用する記事を書いたのは、日本中が、「五輪の誘致」で、大騒ぎをしていた頃であった。
「五輪が、スポーツの祭典でなくなって、久しい。
テレビの登場は、それに輪をかけた。
 今や、五輪はテレビ放映こそが大事であり、ルールや競技時間までが、視聴者に合わせて行われるようになっている。
が、同時にまた、五輪を開催することで得られる、あらゆる種類の『恩恵』は、計り知れないものがあるようだ。」=「五輪誘致狂操曲で、二国に分断された日本の行方はどうなるか。」
この記事で私が言いたかったことは、「地道な努力を惜しむな」ということであり、今の日本に「そんなことをしている余裕があるのか」、ということであった。

だから、結論として、(安倍首相は)、「五輪という姑息な手段に期待せず、自己に課せられた使命を地道に遂行することこそが、福島の、そして日本の再生につながることを、自覚すべきだ。」と、書いた。


東京での、五輪開催が決定したの当時の、日本国内における「反響」は、つぎのような「つぶやき」に代表されていると思う。

(賛成派)日本が一つになり、明るい未来が見えてきそうな予感がする。嬉しい。日本全体が大きく変わる気がする。」
(反対派)市民国民の知らないところで、何を言い何をばら撒いたのだろうと思う。福島の事態も、日本経済や市民生活も、改善されないまま、長野五輪の後同様に廃墟と負債が累々と重なり広がるのではないか。」
今の状況を観ると、五輪が決定された当時の「意見」は、「反対派」のものが、「正しい観方」であった、という事が明らかになりつつある。


 この記事は、ここまで。
なぜ、今のようななったのか、その原因などについては、何回かに分けて、「論じ」てみたい。

(関連サイト案内)

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(2015年8月7日)