2015年8月2日日曜日

米国の8歳少年 移植手術を受け、「両手を取り戻」した

「朗報」である。
このような手術において、「成功例」は、初めてのことだという。
手術に耐えることは、大変な「体力を要する」ことであろう。それに、見事に耐えた。
米国で、8歳の少年が、両手を移植する手術
を受けた。

手術は、みごと、成功した。


1) CNN の記事より 

米ボルティモアに住む8歳の少年が、フィラデルフィアの病院で両手を移植する手術を受けた。子どもの両手移植手術が成功したのは初めてだという。少年が医師に語った手術の動機は「ジャングルジムで遊びたい」だった。
手術を受けたザイオン・ハービー君は2歳の時に敗血症のため多臓器不全に陥り、両手と両足を切断された。その後2年間の透析を経て、4歳で母親の腎臓を移植する手術を受けた。・・・」
手術は、10時間のおよんだ。
麻酔が効いているとはいえ、「体じたい」は、すごいストレスを受けていた、と思う。それでも、みごとに、「耐えた」。

「フィラデルフィアの小児病院で診察を受け、移植待機者リストに載ってから数カ月でドナーが現れた。手術は10時間に及び、血管や骨、神経、腱などを一つひとつ結合。移植した手に血液が流れていることを確認した。」
記事は、 「担当医はザイオン君の勇気をたたえながら、死亡したばかりの子どもの両腕の提供を申し出たドナーの家族にも思いを寄せている。」と、結んでいる。

医師としては、「当然の思い」であろう。


2) この方面での「貢献」こそ、日本が「世界に先駆けてやるべきこと」

いろいろな事情で、「両手がない」という子供が、少なからず、存在する。
そのような子供らや、(子供をもつ)両親にとっては、「朗報」ではないだろうか。

もちろん、「今のままでよい」、という考えを持つ人びと(仮にいたとして)を、否定したいわけではない。

現在の、技術の進歩の速度を考えると、「将来的」には、「頭の中で考える」だけで、「直接手を動かしたと同じようなこと」が、出来るようになるかもしれない。

そうなったら、「それはそれ」で、すばらしいことである。

だが、ハービー君のような手術を受け、「両手(あるいは、片手が)が使える」ようになることが、「ベストであろう」と、思う。

人間は、「環境に順応する」生き物ではあるが、それが可能なら、「本来の姿」であることが、「望ましい」ことである、と思う。

このことを「望まない」人は、―偏見かもしれないが―「いない」のではないか。
そう考えると、ハービー君の「成功例は、希望の星」といってよい、だろう。

中山博士の例、(今現在は、”否定されている”が)小保方氏の「研究」、これらの研究に待つことも、大切なことではある。
が、このような「外科手術」の成功例が増え、このような記事が、「珍しい」記事でなくなる時が、一日も早く来ることを、望みたい。


同時に、このような方面での「貢献」こそ、日本が「世界に先駆けてやるべきこと」ではないか。
真の国際貢献の道は、「ここにある」と思う。

それは、世界から「憎まれることのない道」であり、日本の国民の「命と暮らしを守る道」であろう。
日本の安全保障にとっても、「最善の道」である。

そう思う。

(2015年8月2日)