2016年6月25日土曜日

何かをやりとげる自分の能力と、自分自身の価値はちがう

『何かをやりとげる自分の能力と、自分自身の価値を同一視しないことだ。


…自分の業績にかかわりなく、自分には何らかの価値があるということを、自覚しなければならない。この自覚がなければ、いつまでも自分自身と自分の表面的な行動を混同することになるだろう。



自分の価値を他人がどう見るかと結びつけるのも愚かなら、外面的な業績によって決めるのも同じく愚かな真似である。

いったん、こういう混同をしなくなれば、どんなことでもやる気になるだろうし、仕事の結果だけを見て自分の人間としての価値を決めることなど、絶対になくなるだろう。(ウエイン・ダイアー『自分のための人生』)



深い川は、川の表面は波が静かで穏やかに見えるものです。しかし、川の底のほうでは渦巻いていたりすることがあります。

流れが急で、白い波が泡だっているような川は、意外と浅いものです。

川と同じように、人も表面(能力)と内面(価値)は違います。(もちろん、同じという人もなかにはあるでしょうが。)

その人の持つ表にあらわれた能力と、もともとその人の中に有る値打ちとは、別々のものです。

他人はその人の「仕事ぶり」や業績などを基にして、その人を判断しがちです。

それは「川の流れ」と同じ様なもので、無理からぬことである、といえるでしょう。

しかし、自分が自分で自分を評価するときには、そのことを混同してはならない、と思います。

どんな能力の持ち主であれ、それほどの業績をあげたことがない人であれ、自分の価値は自分で決めることが大切です。

人間という生き物はそう単純ではなく、自分にでさえ、自分の価値は簡単には測ることができないものです。

ましてや、他人にそれが理解できるはずがありません。

たとえ出来たにしろ、それはあくまでも「その人」から見たかぎりの「自分」でありません。「川の流れ」と同じことなのです。

(2016年6月25日)

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