2016年6月30日木曜日

「よろしくお願いします」の連呼は、何とかならないのか

参議院選挙がたけなわである。だが、あの「よろしくお願いします」の連呼は、いい加減やめてもらいたい。ただただ、ウルサイだけのことだ。私は、有権者を「バカにしている」と思う。

2016年6月29日水曜日

すぎたるは及ばざるが如し「ベストを尽くす対象を選択せよ」

何故、何事も申し分なくやらなければならないのだろうか。あなたに誰かが点数をつけているのだろうか、とウエイン・ダイアーは言う。彼は、すべてにベストを尽くす必要はないとのべ、次のように書いている。

愛国心から「軍国主義、特攻隊」を連想するのは無理もない

『自分たちの生まれ育った土地、つまりは国を愛するとは人間として極めて自然なことであり、決して非難されるようなことではない。愛国心すなわち帝国主義そして軍国主義、

2016年6月28日火曜日

退屈するか、しないかは自分の心がけひとつ

ウエイン・ダイアーは、退屈ということについて、次のように言う。
『人生というのは決して退屈なものではないが、好んで退屈している人間もいるようだ。

自分に自信があれば、他人による「証明」は必要がない

『嫉妬心をなくす__。嫉妬はみずからをおとしめる行為である。自分を他人と比較したり、自分の方が愛されていないと思ったりすれば、

ローマは一日にして成らず「自己鍛練に困難はつきもの」

誰も一夜にして肉体を鍛えようなどとは思わないだろう。それなのに、こと精神に関しては、すぐにも効果があらわれるのが当然と考える人が多いようだ。

2016年6月27日月曜日

自分ではない、誰か他の人間の思惑で生きる人生を選ぶな

『問題は自分の感情をコントロールできるかどうかではなく、その意思があるかどうかなのだ。そういう選択をするまでに必要な忍耐力はたいへんなものだ。

頭とハサミは、使いようで良く切れる

『不幸よりも幸福を選ぶのはその人の自由である。それと同じように、日常生活の諸々のできごとの中で自滅的な行為よりも自己実現にいたる行為を選ぶのも自由である。…

どんな習慣であれ「産まれながらの習慣」というものはない

『現在身についている習慣は、これまでの生活で次第に強化され、習得されてきたものである。

2016年6月26日日曜日

「食べて、寝て、起きての生活」を繰り返す人生で満足なのか

『天風哲学の根本的な考え方は、「子の世の中は、苦しいものでも悩ましいものでもない。この世は、本質的に楽しい、嬉しい、そして調和した美しい世界なのである」

自分のためだけか?『自己向上は、自他の幸福を追い求めるにある』

『自分だけ丈夫になって、もっとうまいものを食べようとか、もっといい着物を着ようとか、もっと事業が成功したら、うんと別荘でも造って、いろんな遊びをしてみよう、なんて考えを持ったら、とんでもないことことだ。


修養ばかりでなく、何を志すときでも、自己向上を目的とする。そして、その目的とする自己向上は、ただ単に自分の幸福だけのためにするんじゃない。

自他の幸福のためにするんだ、という広い意味を忘れてはいけない。そうしてはじめて、自分の勉強にも努力にも、非常なぞくぞくするようなカが湧いてくるのだ。(中村天風『運命を拓く』)



年をとろうと、いくつであろうと、年齢によって創造意欲というものを上げたり下げたりするようなことがあつてはいけない、と天風は教える。

そういう考え方をする人は、自分の人生の価値を、全然認識していない人である。人の本質は、もともと年齢とは関係がない。

人間が年齢を考え、うんぬんするということは滑稽極まる話であり、余命があといくばくもないから、今更それをしたって仕様がない。そういう考え方を持っていたのでは、なおさら仕様がない、と言う。

人間は時が来れば、一度は死ぬけども、しかし、生きている間は死んでいないのだから、生きていれば歳なんか関係ない。

どんな時代がこようと、どんなに歳をとろうと、我々は自然の法則の中で生きている。花が育っていくように、人も常に伸びよう伸びようとする力を備えている。

現在、病のある人、あるいは運命のよくない人も、けっして、その病や、運命 に、心を奪いさられてはいけない。むしろ、「心を強く持つ」ことで乗り越えていかなければならない。__


さらに天風は、自己向上を正しく念願せよ。そうしないで、仕事なり、運命なりを向上させようとする事は、無理なことであると言う。

ただたんに、自分だけのために努力するというような、狭い料簡を持つな、と説いている。

(2016年6月26日)

議員を無視して、その秘書が自分勝手に振る舞えるはずがない

『「秘書が、秘書が」とは疑惑を投げ掛けられた国会議員が、必ずといっていいほどくちにする永田町の常套句といっていい。「金を受け取ったのは秘書であり、議員である自分は一切関知していない」というのが、そういう立場に置かれた国会議員たちの取りあえずの弁解である。

…議員によっては、金はすべて秘書が扱い、秘書の手元でいろいろに使われてしまったもので、自分は何も知らなかったと語る者すらいる。使用者である議員を無視して、自分勝手に振る舞う秘書が存在するとは全く信じられない話である。

・・・しかるに議員と秘書の関係は全く別で、秘書が何をやっているか議員は一切知らないということで通っており、議員は「秘書が、秘書が」の一点張りで疑惑を振り払おうとしている。』(佐藤道夫『「参議院」未だ「良識の府」に非ず』)



上の文中、「しかるに議員と秘書の関係は全く別で」という箇所の前で、佐藤氏は次のように書いている。

仮に民間の会社であれば、会社の社長宛てに届けられた金を社長に断ることなしに、自分の一存で処分してしまったとすれば、例えそれが会社の用途に使われたとしても、その秘書は厳しい叱責の上、場合によっては解雇されることもあるだろう。__

まったくその通りで 、国民にとっての一般常識が「通用しない」というのが、永田町の「一般常識」のようだ。

これまでに、このようなことが何度となく繰り返されてきたことか。よく考えてみるまでもなく、使用者である議員を無視して、秘書が自分勝手に振る舞えるはずがない。

もういい加減、我々国民は目を覚ます時であろう。

(2016年6月26日)

2016年6月25日土曜日

『一国の首相がロから出まかせのいいたい放題の発言をするようになってはこの世も末』

安倍首相の言葉には、まったく「重み」が感じられない。__口からのでまかせか、一時の思いつきを述べたてる。

安倍首相=『再延期するという判断は、これまでのお約束と異なる新しい判断です』

『これでもかこれでもかといわんばかりに、政治家のお粗末発言が続いている。一般の平議員に始まり現・元大臣と連なり、そしてとどめは最上級の内閣総理大臣となる。

何かをやりとげる自分の能力と、自分自身の価値はちがう

『何かをやりとげる自分の能力と、自分自身の価値を同一視しないことだ。

2016年6月24日金曜日

自業自得「他人を非難しても自分を救えない」

『非難は例外なく時間の無駄である。どんなにを他人のあらさがしをしても、どんなに人を非難してみても、自分が変わるわけではない。

雑事こそ大事「当たり前のことを、当たり前に、キチンとやれ」

『目の前の仕事を、気を抜かずに全力でやる。自分で選んだわけではない仕事こそ、脇目も振らずに、バカになって取り組む。自分で選んだわけではない、

“ほめる”と“おだてる”は違う「ダメなところはダメと自覚させよう」

「ほめる」と「おだてる」は、天と地ほどの、違いがある。

『人のよいところを使えないのはリーダーのせいです。

2016年6月23日木曜日

自分を耕す=自己啓発は資格・就職・世間体を気にしない

『希少価値のなくなってきた学歴を追って心身をすりへらすよりも、自分がほんとうに学びたいことを、資格や就職や世間体といった雑念にわずらわされることなく、

自分の感情に対しては、自分で責任をとる

我々は、往々にして、他人からの評価を基準にして自分を見がちである。
それでは基準(=拠点)を外に求めることになる。

まわりの人を責めるな。言い訳をするな。文句を言うな

『自分を責めたり、言い訳をしたり、
   まわりの人や状況について文句を言ったりする代わりに、

2016年6月22日水曜日

無くて七癖、「人の振り見て我が振り直せ」

『あなたが気になってしかたない性癖というのは、
往々にしてあなた自身がもっているものなのです。

不平不満があるなら、自ら腰を上げてそれを解決しよう

『心が不安定な人間、自分の価値や重要性に確信が持てない人間は、
自慢をしたり不平不満を言います。

他人から賛同される人は「賛同を求めず、望まず、そのことに執着しない」

『私たちが心にえがくのはおそらく、
飾らない、率直で正直な人、

2016年6月21日火曜日

思考が感情を作る、だから自分の感情は自分に責任がある

『自分の考えは自分自身のものであり、その考えを続けようが変えようが、
他人に明かそうが熟慮しようが、まったく自分ひとりのものなのである。

人の値うちは、困難な状況に対する対処の仕方で決まる

『人生の戦いは誰にとっても似たようなものである。
社会的背景の中で人間関係を持っている人なら誰でも、

知識社会にあって、「本はもっとも有能な家庭教師」である

『本はもっとも従順な家庭教師とも言える。

古今東西の哲人賢人粋人奇人が列を作って待ちかまえ、

2016年6月20日月曜日

人間は誰でも「人に認められたい、値うちがあると思われたい」

『人間はみな、人に認められたい、価値があると思われたい、
重視されていると実感したいという強い欲望があります。

あなたという存在は、地球上で唯一の存在である

『この世にあなたと完全に同じ人間はこれまでも存在しなかったし、
これからもしません。

不平不満を言うことと、過ちを指摘して正すこととは違う

《不平不満を言うことと、過ちや欠陥を指摘して正すことを、混同してはならない。
不平を言わないようにすることは必ずしも、悪い品質や無礼な態度を我慢

2016年6月19日日曜日

些細なことにこだわるには、人生はあまりに短い

気にする必要もなく、忘れてもよい「些細な」ことで心を乱してはならない。
ほんの些細なことにこだわるには、人生はあまりにも短いからである。_

最悪の事態を予測し対策を考えよ、無理な時は受け入れよ

人生に不安はつきものである。

人間は次に起こる事態について

自分で自分にレッテルを貼るのは、“愚か者”のすること

ウェイン・ダイヤーは、自分に自分でレッテルを貼るな、と教えて言う。

『自分はいったい誰なのか。自分自身を何と呼べばいいのか。

成長は、人間が生きていることの唯一の証しである

『顕微鏡の下に岩石を置いてよく観察するとわかることだか、
岩石は少しも変化しない。

2016年6月18日土曜日

まだ来ぬ明日のために、現在を無駄にするな

考えてみると、実際、今以外に生きることのできる時は存在しない。

存在するのは今だけであり、未来もまた、

日本の「コメづくり」が滅びたら、日本も滅びる

《もし日本のコメづくりが全滅したらどうなるか。
屋敷林、鎮守の森、里山、水田、畑の連なる、

2016年6月17日金曜日

亀の甲より年の功「知恵に満ちた老人社会を目指せ」

《若いアメリカは歴史がないから未来志向で、知恵よりも知識を武器に発展しているが、横丁のご隠居さんを大切にするわれわれは、「亀の甲より年の劫」という言葉を生かしな

人を文化系と理科系に分けることは教育の否定につながる

《歴史は誰でも勉強します。地理も勉強する。同じように科学を勉強すべきです。科学という言葉が悪ければ、論理学でもいいから、それをきちっと勉強した方がいい。》

群衆の中にあって、群衆の意見に従うのはたやすい

《世の中にあって、世の中の意見に生きるのはたやすい。
ひとりのとき、自分の意見に生きるのはたやすい。

2016年6月16日木曜日

知識は潜在的なパワー「3週間続ければ一生が変わる」

《真の人格者は、正しいことをして日々を送ります。1日の仕事で疲れたあとは、3時間もテレビを見たりせずに、ソファーから立ち上がり、子供たちに本を読んでやる勇気

乗客として人生を航海するな「自分が船長になれ」

『自分自身を人生のCEOと見なせば、自分の世界を見る目が抜本的に変わります、
乗客として人生を航海するのではなく、あなたが船の船長になるのです。

精神がすり切れない方法「オアシスとなる場所を持て」

 『だれもが神聖な場所、つまり、
じっと静かにしていられる“やすらぎの場面”を

2016年6月15日水曜日

人間をボケさせる確実な方法は、一切の情報を与えないこと

『人間をボケさせるもっとも確実な方法は、一切の情報を与えないことです。
極端な例から言うと、一日中椅子に縛り付けて、壁だけ見させていたら、

マニュアルに頼るな「自分の選択・判断で行動する習慣を養え」

『反射的に行動しているだけの人になってはいけません。自分の脳を使って行動を組み立てる。
自分のルールで行動する。

脳トレに最適「家事を上手にするには、高度な脳の働きを必要とする」

『仕事や勉強の中で脳を使うのが高度で、家事の中で使うのが高度でないということはありません。…男性にとっても、女性にとっても、毎日の家事を意識してこなすことは

2016年6月14日火曜日

人生に消しゴムは必要がない

『開発型の人間として柔軟な発想、発想の切りかえをするためには、
「自分の欠点を消しゴムでけすな。」ということだ。』

怠け者が働き者に変わったり、酔っぱらいが酒を断ったりするはずがない

『どんなに厳格な法律を定めたところで、怠け者が働き者に変わったり、
浪費家が倹約に励みはじめたり、酔っぱらいが酒を断ったりするはずがない。』

節約とケチは違う「節約は心のゆとりを生むが、ケチは心を貧しくする」

『節約と吝嗇(りんしょく)とはまるで違う。
節約は心のゆとりを生み、それが気前のよさとなって現れる。』

2016年6月13日月曜日

切り捨てずに生きる「古さの中に、新しさを発見する」

『古いものの中にある良さ、現代にも通用する新しさを発見することが大切である。』
と、鎌田勝氏は言う。

2016年6月12日日曜日

自分の評価と他人の評価は異なる⇨それは新しい発見を産む

《『糸川英夫の 人生に消しゴムはいらない』》から。


自分では正しいと思ったことでも、人の目には誤りと映ったりします。

2016年6月11日土曜日

物事すべては相対的、絶対ということはまずない

『人生にも価値観にも絶対的なものはきわめて少なく、大部分が相対的なものであることがわかってくる。さらには人生に意味を求めようとするなら、

2016年6月10日金曜日

途中で投げるな「進歩が遅くとも続けた者が、最後には勝利する」

『スキーだろうとスケートだろうと、水泳、柔道であろうと、やらずに上手になれる人はまず一人もいないであろう。みんな七転び八起きし、

2016年6月9日木曜日

覚悟して生きよ「何事も、ミスや誤解は避けられない」

『文章を読んだ人が、書いた人が意図しなかったような受けとりかたをし、
解釈し、誤解するのは避けられず、当然のここと思わねばならない。

なぜなら、当の文章を書いた人自身が、自分の書いた文章にびっくりし、
時には落胆し、時には感心したりするからである。』
(勝田勝『能力開発100の方法』)


人間である以上、ミスはさけることが出来ない。
他人と自分とは違うのだから、誤解が生じることは避けられない。

誤解を生じるような書き方をしない。そういう文章を書かないようにと
心がけてはいても、完璧という状態にすることは、困難だろう。

分かりやすい文章。誤解が生じにくい文章を書くには、
簡潔な文章を書くのがよい。

しかし、短すぎても、いけない。
かえって、分かりづらいという場合もある。



私の場合は、「落胆する」ことが多く、
「時には感心したりする」ようなことは、あまりない。

それでも、懸命に書いている。
このような 「つたない」文でも、読んで頂ける。

それに感謝しつつ、また、少しずつ綴って行きたい。

(2016年6月9日)

他人に勝つには力がいる、しかし自分に勝つにはもっと力がいる

『他人を負かすには力がいり、自分を負かすにはもっと力がいる。』
と中国古代の賢人、『老子』は言う。



 別のいい方をすれば、
『他人に勝つには力がいる、しかし自分に勝つにはもっと力がいる』
ということになる。

似たような言葉に、
『山中の賊を破るのは、簡単だが、心中の賊を破るのは、難しい』
というのがある。

どちらも、他人との関係より、自分自身との関係に
注目したものだ。

人はどうしても自分自身より、他人に関心がいく。
自分の欠点には、目をふさぎたがる。

だが、人生において重要なことは、
「自分をどうするか」ということである。

自分自身にさえ打ち勝っことが出来ないのに、
他人に打ち勝つことが出来る訳がない。