2015年9月13日日曜日

「補論」 安倍首相の「戦後70年談話」と、「ポツダム宣言」履行への要求

最後尾の右端が、岸信介
前の記事を投稿し終わった後、中村正則氏の『戦後史』の中で、次のような文を見つけた。
それは、岸信介の『岸信介回想禄』の中にある言葉である。
岸の、米国などの「占領政策」や、「日本国憲法」に対する認識についての「言葉」だ。


◆ 岸信介は、「東京裁判」や日本国憲法を否定した

岸は、連合国の「占領政策」や、「日本国憲法」について、次のように述べている。

「米国を中心とした連合国の初期の対日占領政策の基本は、戦争の責任をすべて日本国民に負わせ、日本国民が今日受けている困苦や屈辱はすべて自業自得であると思いこませる点にあり、その意味で東京裁判も絶対権力を用いた”ショー”だったのである。」
「占領初期の基本方針は…・日本人の精神構造の変革、つまり日本国民の骨抜き、モラルの破壊に主眼があったことは間違いあるまい。・・・・その集大成が、今の日本国憲法である」
このような「思想」を持つ岸が、「A級戦犯」として拘留されながらも、不起訴になり「無罪放免」になったことは、戦後の「七不思議」の一つといえるだろう。

しかも、その後は、内閣総理大臣まで「登りつめる」ことになる。(この間の経緯については、興味の持たれるところではあるが、今は、これ以上は踏み込まないで置く。)

安倍首相は、この岸の「膝の上」で育ってきた、といわれる。本人も、様々なところで、そのことに言及されている。


◆ 安倍首相は、岸の「思想」をそっくり受け継いでいる

岸が言うように、日本国憲法が、日本人の精神構造の変革(=日本を骨抜きし、モラルを破壊すること)にあったとするなら、安倍首相が、日本国憲法を「軽視」し、「蹂躙」するのも、「解る」気がする。

また、「靖国神社」に詣でる理由も、「納得」がいく。

繰り返しになるが、安倍首相は、「岸の膝」を「ゆりかご」にして、育って来た。
岸は、日本国憲法を「憎み」、「東京裁判」を「茶番である」と、認識していた。

この「思想」を、そっくり、安倍首相は、受け継いでいる。

そういう「推論」をすると、「戦後70年談話」で、安倍首相が「直接話法」で、「謝罪」をしなかった「理由」についての、「謎」を解くことが出来る。

安倍首相は「東京裁判」を、外見上(言葉では認めても)は別にしても、心の中では認めていない、のだ。

岸と同じように、日本国憲法を「憎み」、「東京裁判」を「茶番である」と認識していながら、米国に「追従する」安倍首相。
自衛隊を、「米衛隊」にしようと、必死になっている、首相。

これほどの、「矛盾」が、ほかにあろうか。
これは、精神病理的な診断をするとすれば、「精神分裂症」の症状に他ならない。

安倍首相の「精神」状態は、「まとも」に機能しているのか。
このことこそ、「今そこにある危機」といえるのではないか。

(参考文献)
中村正則著  『戦後史』 岩波新書

(2015年9月13日)