2015年6月4日木曜日

選挙権年齢18歳に  国会審議によらず、国民投票で決めるべきだ


違憲状態にあるといわれる国政選挙についての改革をよそに、自らに都合のいいことについては、はやばやと、決定をしてしまうことに、違和感がある。

今日の午後、選挙権年齢を、現在の20歳以上から18歳以上に引き下げる公職選挙法改正案が、衆院本会議で採決され、
全会一致で可決された。参院の審議を経て今月半ばにも成立する。来夏の参院選から適用され、18、19歳の約240万人が有権者となる見通しだ。
朝日新聞の記事より。
18歳選挙権、衆院を通過 全会一致で可決=朝日デジタル


 違憲状態にある選挙の改革こそ、国会が最優先に取り組むべきこと

この改正案は、自民、民主、維新、公明、次世代、生活の党と山本太郎となかまたち、与野党6党が共同で提出されたものである、という。
採決では、共産、社民も賛成した。

ところが、その国政選挙自体に問題がある。

衆院選を巡っては、すでに、2009年の選挙について最高裁が「違憲状態」と判断を下している。
そのさいには、各都道府県に、まず1議席ずつ割り振る「1人別枠方式」を格差の要因と、指摘した。

国会は、格差を2倍未満に抑えるため、小選挙区の区割りを「0増5減」する法改正をした。
が、12年の衆院選には間に合わず、最高裁は再び、「違憲状態」と判断した。
1人別枠方式についても「構造的な問題が解決されていない」とした。
一票の格差、福岡高裁「違憲」判決 選挙無効請求は棄却=朝日デジタル

このように国政選挙の正当性自体が、最高裁においてさえ、疑問視されている。
その選挙事体の改革を後回しにしておいて、選挙年齢だけを引き下げるのは、国会自体の怠慢である、と言わねばならない。

まず、この違憲状態である国政選挙を改革することこそが、国会が最優先に取り組むべきことだ。

◆ 少年法、民法、などの改正を先にすべきである

朝日の記事が書いているように、選挙権年齢引き下げについては、憲法改正国民投票法の投票権年齢が、18歳以上に引き下げられたことによる。
そのときの付帯決議で、「2年以内を目途に、法制上の措置」をとるとされていた。

だから、もともとは、憲法改正と絡んでのことである。
憲法改正というような重要なことを、18歳以上に「判断させてよいか」という問題もさることながら、「特権」を有しながらも、他方においては、人権の行使を認めるという事自体、矛盾する。

人権の行使を権利として認めるのであれば、当然、「特権」は排除されるべきだ。
権利の行使には、義務が付随するという事は、よく言われることである。
そうであるのに、選挙権という国民にとって最も「重要な権利」を与えながら、他方で「少年としての特権」は守る。
これでは、一人前の人間(大人)として認めたことにはならない。

一人前の人間(大人)として認めないものに、「一人前の人間」としての判断を下せると思っているのなら、とんでもないことである。
もし仮に、判断を下したのなら、その結果についても責任をとる、というのが一人前の人間としての条件である。

だから、どうしても、18歳に引き下げたいのであれば、少年法、民法、などの改正を先にすべきであった。
その意味でも、法的な手順に問題がある法案である、と言わねばならない。

 国民の選挙権についての案をだし、国民投票で決めるべき

自民党や安倍政権による教育の「国家統制」が行われようとしている。
先月には、小・中・高の教員の「国家免許化」、教員採用試の筆記試験の「全国化」を、安倍首相に提言した。

これが実施されれば、検定教科書とで、3本セットが完成する。
そうなれば、国家による教育の統制が進むことは、火を見るより明らかなことである。

このような提言が安倍首相になされたことは、このたびの18歳選挙権の実施と無関係なことでは、決してない。
むしろ、大いに関係がある。


だから、軽々しく賛成はできない。


もう「決まった」ことではあるが、本来ならまずは、憲法改正国民投票法の投票権年齢について、「18歳でよいかをどうか」を国民投票をして、国民に相談をしてから、決定すべきであった。

もちろんその際に、少年法、民法などとの関係についても明らかにしてのことであるのは、当然のことであるが。

はやばやと決めてしまわずに、国会は、まず、自らの正すべきことを正したのちに、国民の選挙権についての案をだし、国民に聞くべきである。 

(関連サイト案内)
★ 「18歳選挙権」は、本当に与えてもいいのか=東洋経済オンライン
★ 選挙権年齢引き下げだけでなく18歳から刑法上の責任も負わせるべきだ=zakzak

(2015年6月4日)