2013年7月9日火曜日

選挙についての新聞、TV局の報道について思うこと

選挙が始まった。
家の周りは選挙カーもあまり通らず、静かである。
ネット選挙が解禁されたせいか。


ネット解禁で候補者、政党は随分選挙がやり易くなっただろう。
時間の制約を受けないで良いのであるから。

その分、今まで以上にハードな選挙運動であることであろう。
まさに体力と知力が試されている選挙といえるのかもしれない。

選挙前に限らず、選挙期間中も、新聞,tvの世論調査や選挙結果の予想をやつぎばやに
報道する。
今回はネット解禁ということで、ヤフーも選挙結果を予想して発表した。
この事について考えてみたい。

以下いくらか代表的なものを貼り付けておいた。
ただし,ここに貼り付けたものが特にひどいからという理由からではない。
この点は、誤解のないようにして頂きたい。

http://www.yomiuri.co.jp/election/sangiin/2013/jyosei/20130706-OYT8T00648.htm

http://www.asahi.com/politics/update/0706/TKY201307050856.html?ref=reca

http://senkyo.mainichi.jp/news/20130708ddlk18010269000c.html

http://newsbiz.yahoo.co.jp/detail?a=20130708-35034404-cnetj-nb

もちろんこれは憲法で保障されたことなので、そのこと自体を、とやかくいうつもりはない。
しかし、あまりに度が過ぎている気がする、と思うのは私だけであろうか。

これが公共の福祉のために利用したことになのだろうか。
私にはとてもそうは思えない。

選挙期間中は、新聞、TV、など報道機関は、人気投票にも等しいような順位をしらせたり、
実況生中継のようなものは、控えるべきである。

当然の権利を行使しているだけである。
有権者の便宜を図ってのことである。
別に選挙妨害には当たらない。
公正な報道をしており、特定の候補者や政党を、応援しているわけでない。
このような反論が聞こえてきそうである。

しかし、報道の原点に帰ってほしものである。
不偏不党であれといいたい訳ではない。
もともと不偏不党などということこそは、絵に描いた餅である。

報道機関が独自性を出すことはよいことである。
むしろ独自性のない報道機関になってしまうことの方が問題である。
物事は多面的なのであるのだから、いろいろな切り口からの報道があってよい。
これは当然のことである。

むしろ、同じ面からの報道しかなされないことの方が問題である。
問題はやはりAKB48のようなタレントの人気投票と変わらないような、報道内容であることだ。


これは公職選挙法(第183条の3)が禁じているからとかの問題ではない。
真に日本の国家社会のことを考えれば、このような事は出来ないはずである。

マスコミは第3の権力であるといわれる。
ならばその権力の行使は、権力の信託者である国民の利益を守るものでなくてはならない。
国民の知る権利(中部大学の武田教授よりヒントを得た)を擁護するものであってこそ、
その存在意義がある。

さて我々国民はどのように行動するべきであろうか。
私は以下のように思う。

今日の世界狭い。
まして、ネット時代である。
世界が注目していると考えた方が良い。

国際的な会議の場で「黙れ」と大声で怒鳴るような国民であると思われるようなことこそが、国益を損なうことである。

いま日本は、技術的なノウハウだけでなく、高い精神性の有無も試されている。
そう考えた方が良い。
そのような国民になることこそが、真に国家の安全を保障するもとであろう。

東日本大震災で見られた、福島をはじめ、東北の人たちの、あの時の冷静さと規律正しさを、
思い浮かべるべきである。

あのような行動こそが、国益を守るのである。
今こそすべての有権者は、思い出すべきである。

そして有権者は、自分の頭で考えることこそが、最高の危機管理であることを認識し、
マスコミが作る「空気」に流されない選択をする必要がある。