2013年7月16日火曜日

クールビズ 国民の服装を政府が決める国

梅雨があけた。
とたんに気温がうなぎ上りである。

体がだるくなるのは分っていても、エアコンを強冷にして過ごす。

外に熱風を出すのは良くないと、頭では理解していてもエアコンをつけずにはおれない。

夏が近づいて、今年も、クールビズの掛け声がかしましい。
今年は5月1日から始まった。

クールビズの掛け声のもと、一斉に、ネクタイを取り、背広を脱ぐ。
洋服のメーカも、商魂たくましく、さまざまなデザインを考える。
メディアも一斉に、話題にする。

北朝鮮を笑ってはおれない。(北朝鮮の人々には申し訳ないが)
国会では、衆参両議院で、5月1日よりクールビズを始めることを決めた。
ところが不思議なことに、なぜか、本会議室では背広の着用を求めた。

テレビ中継が世界に流れたときに、笑いものになるのを、避けるためか。

特別な使命を持つ(たとえば消防士など)者でもない、国会議員の服装を、国会が議決する。
この事自体が異様な事である。
がだれも、正面切って異を唱えない。
服装を国会で議決する国が、どこにあるのだろう。

日本は、野蛮な国だとも思われるのも、無理はない。
国連大使が、人権について討議する議会の席で、「黙れ」と大声を張り上げる国だ。
それを、総理が問題にもしない。

こんな恥さらしな事はない。

もともと日本には、衣替えという習慣が前からあった。
それは、6月を過ぎて暑ければ、ネクタイを外し、洋服を着なくても、構いませんよ、ということである。それは、けっして強制ではない。

蒸し暑い土地での、生活の知恵であった。
衣替えは、季語にあるくらいである。

クールビズもやがては季語になるか。
(一句 )     服装を  政府が決める  クールビズ

張矢張り日本は空気が支配する社会から、まだ抜け出していない。
そして横並びの習慣は、相変わらず存在する。

言いたくはないが、どうしても戦前の状況を考えてしまう。
たぶんこんな状態であったのだろうと想像する。
上からの掛け声の下、一斉に、動き出す。

どうしてこうなるのであろうか。
服装ぐらいの事でそんなに目くじらを立てることはない、と思われるかもしれない。
しかし私は逆に服装のような個人的な事を、政府が決め、それを国民になかば強制する。

そしてこのことに意義を唱えることが出来ない。
まわりの状況に流されてしまう。
この事が問題であると言いたい。

どうやらこの事は、日本におけるその他の状況でも見られる。
この状況こそが、問題なのである。
問題であるということを認識し、あらためることが必要である、と思う。

これは決して、「自虐史観」からくるものではない。
世界から笑いものにされないために。
また、日本をまっとうな国にするためにぜひ必要な事である。