2013年7月13日土曜日

非正規雇用2000万人を超す

非正規雇用者が2000万人を超え、全雇用者に占める割合も4割近くになったと報じられている。


総務省が十二日発表した二〇一二年の就業構造基本調査によると、非正規労働者の総数(推計)は二千四十二万人と〇七年の前回調査から百五十二万人増加し、初めて二千万人を超えた。雇用者全体に占める割合も38・2%とになった。東京新聞 7月13日朝刊)

この流れで行くと、全雇用者に占める割合が4割になり、5割を超すのは、そう遠い事ではないと思われる。
今のままでは、ますます格差が増大していくことになろう。
雇う側の一人勝ちになる。

最近では、会社によっては、パートのおばさんでも、店の規模によっては店長にするところが出てきているようである。
しかし、給料は、責任と重労働にみあうものになっているであろうか。
高い地位に引き上げても、その働きに対する十分な見返りがなければ、ただ働きとそう変わらない。
やりがいも大切ではあろうが、給料が保障されてこそである。
もし給料の裏付けがないとしたら、会社の都合のいいように使われているだけだ。

買う方にしてみたら安いのはうれしいが、その原因がパートのおばさんの給料が安いせいだとなると、あまり嬉しくない。
女の人が喜ばずに泣いている。
雇う側がそのようにはなっていません、と言い切ることが出来るであろうか。
とてもそのようには言えないと感じるのだが。

戦後の日本は、終身雇用と年功序列賃金と企業別組合で高度成長を達成し、一時は世界第二位の経済大国にまでなった。

しかしそれは正規の社員には十分な待遇を与えながら、その一方で非正規の臨時雇いの人々を犠牲にしたものであった。
地方からの出稼ぎ労働者、パートの主婦、アルバイトの学生など短期の契約者の待遇をないがしろにした上に、達成されたものである。

安い給料でこき使い、たいした保障もつけずに、働かせた結果である。
働くだけ働かされて、けがや病気になると何の保障もしてもらえずに、泣き寝入りした人々の汗と涙の上に築かれたものである。

企業と同様に、組合も正規の社員の待遇のことしか考えてこなかった。
正規の社員を守るためには会社にと渡り合うことがあっても、非正規の社員のためには、
動くことはなかった。
会社にと一体になって、非正規の雇用者の冷遇してきた。


現在の日本は、経済的には以前ほどの状態ではない。
しかし、非正規の雇用者を、正規の雇用者並みに扱うことが出来ないほど、ひどい状態であるとは思えない。

人は、いろいろである。
個性がある。
その個性を認めるべきだえる。

個性を認めるように、学校で教えられwてきたのではなかったか。
そうであるのなら、社会のまた個性を認めるようなシステムになっていなければならない。

社会が、多様な働き方を認めるべきである。
少子高齢化、と盛んにいわれる。(少子高齢化自体は、別に恐れることではないと思うのだが)
女性に子供を産んで欲しいと真剣に考えるのであれば、補助金などという姑息な手段ではだめだ。

女性が安心して結婚し、子供を産み育てられ様にすることである。
そのためには、仕事を中断しやすい仕組みを作ることが大事ある。
子育てが一段らくして,また仕事をまた始めても、正規の雇用者と同じ待遇が受けられる、というようになっていることが必要である。
そうなれば女性も安心して、働けるであろう。

若年層もそうである。
18歳ぐらいで自分の適性を知ることのできるものがどれだけいるであろう。
一度会社に入ったら、定年までそこで勤める。
途中で会社を変わったものは、社会から弾き飛ばす。
このようなシステムは、変える必要がある。

何も終身雇用を絶対に廃止すべきだと考えるわけではない。
同じ会社に長くいるほうが安心できるのなら、そうすればよい。
ただ一律に、規制しようとすることに反対なだけである。

そして、正規と非正規に関係なく、地位や責任や(つまりその働き)に応じて給料をきめる。
社会的な保障についても、短期で期限が切れても、働いた期間を通算して、保障するようにする。

非正規の雇用者が4割近くになるような現状においては、給料や社会保障の全面的な見直しが必要である。

社会が個人の多様性を認め、保障してこそ、活力のあるものになると考える。
小手先の改革で、今の日本の状況が良く出来るとは思えない。