2013年7月12日金曜日

日本に2大政党制は成立するか

ヨーロッパで議会が作られた理由は、税金問題を解決するためであった。
国王に勝手に税金について決めさせないために、人民の代表者があつまって
会議を開き、そこで決まったことを、国王に認めさせる。


「代表なければ課税なし」といわれるゆえんである。

やがて資本主義の成長・発展に伴って、資本家階級と労働者階級に分かれることによって、
それぞれを代表する政党が生まれた。

一方で「神のもとに平等であるという思想」と、「宗派的にキリスト教が大きく二つに分かれた」ことによっても、政党が二つに分かれることになった。

この事は今でも続いている。
階級による違いは大きく変化してきたものの、宗教による違いは今でも大きく影響している。
アメリカにおいても、共和党と民主党があるのは基本的には、このことによる。
もちろん、少数政党も存在はする。

では、日本において、二大政党制が成立する基本的要因が存在するであろうか。
 
他の先進国と同様に日本においても、階級対立は、表面的はほとんど問題にならなくなっている。
むしろ、日本が最も対立が少ない、というべきか。

もともと日本における産業構造は、その多くが中小企業がその基盤をなしている。
特に家内工業的な小規模の会社が中心である。

そして大企業は、年功序列賃金、企業別組合、労使協調などに代表される制度により、格差が調整されている。

また一方で、社会保障の充実により、弱者救済の措置も取られている。
認可と規制行政のもと、国の基幹産業は保護されている。

「日本は、社会主義の国である」と揶揄されるゆえんである。


他方今の日本には、かって存在した神教は、片隅に追いやられた。
仏教は、輸入された時から、支配階級の道具であった。
現在は、葬式仏教になってしまっている。

仏教は大多数の国民には、死んだときにぐらいしか、縁のないものである。
伝統行事も年々廃れてきている。
もともと個人救済が目的の仏教に、社会的な目的を持たせるのは無理がある。

他の宗教は存在しないわけではないが、その影響はそんなに大きなものではない。

こう考えてくると、どう見ても日本に二大政党が生まれ定着する基盤があるとは思えない。

歴史的に見てみる。

民主党にしても、もとをただせば、かっては自民党にいた議員が中心である。
自民党にいては目が出ない、党の政策に不満がある、というような理由から、
自民党を飛び出した人々か作った政党である。

もう一方の中心であった社会党も、ソ連が消滅したことにより存在意義を失った政党である。

党首自らが、「ならぬものはならん」といっていたのに、消費税の成立に加担した。
長年反対してきた、自衛隊を合法であると認め、自民党政権にすり寄っていった政党に、
行き場がなくなるのは無理からぬことである。

このような政党に、自民党に対抗する有力政党になれるはずがない。
山で魚を求めるのと同じで、もともと無理なことである。

このように見てくると、日本には二大政党が生まれ、機能することはもともと無理がある、と思われる。

それは、両党の基本的な政策を見ても解る。
その政策に大きな違いがない。

消費税増税に走り、原発再稼働を強行する,TPPに加入する。
一方で、行政改革はなおざりであり、働くものや消費者救済には消極的である。

政治改革も、同様である。
戦挙における一票の格差の是正は、放置されたままである。
裁判所による違憲判決は、無視されたままである。
根本的な解決には程遠い。

政権党である時は反対しながら、政権を取ると、野党時代に言っていたことと、反対のことを主張し、実行しようとする。
今民主党ばかりがその変身ぶり(公約破り)を批判されているが、私は自民党も同じであると思う。

日本で二大政党制が有効に機能することは、無理である。
だから、小選挙区制はやめ、もとの中選挙区制に戻すのが良い。
そのうえで、参議院の根本的な改革をするべきであると思う。