2013年7月7日日曜日

国防軍が出来たら(シュミレーション)

国防軍が出来たらどうなるかのシュミレーションしてみた。

① 天皇の名によって、積極的に海外に出て行って、戦争に巻き込まれることになる。

② 今の自衛隊の人数では足りないので、国民皆兵が実施される。

③ 日米軍事同盟はその必要性がなくなる。よって日米安保条約は,解消される。


④ アメリカ軍の「駐留」はなくなり、日本からアメリカ軍の基地がなくなる。

⑤ 一方で軍隊である以上、仮想敵国を想定する必要がある。それは、アメリカ、中国、ソ連のい   ずれかになるであろう。

⑥ 特別裁判所?がおかれ、軍事裁判が行われる。国防軍に関する法律に違反したものは、
   通常の裁判ではなく、軍事法廷で裁かれることになる。もちろんこれは、機密保持を名目に秘   密裁判になる可能性が大きい。

⑦ 海軍による軍備強化などにより、防衛費のさらなる増大がみこまれる。

⑧ 核兵器を持つかどうかは、不明である。もちろん可能性はある。50パーセント程度か?

①について。

天皇の国事行為は、内閣の「進言を必要」とする、とされている。
「承認」の必要がなくなったので、天皇の国事行為にたいする縛りがゆるくなった。
これは、再び天皇の名によって、戦争をすることへの道を開くものである。

交戦権を否定しているが、交戦権のない軍隊は、軍隊ではない。
自衛権の否定を公然と掲げる以上、戦争はさけられない。

日清戦争、日露戦争、大東亜戦争と、過去の歴史を見れば、日本による戦争は自衛権の発動としておこなわれきた。
もちろんそれはその時代の国際状況の中では、必要に迫られてのものであったかもしれないが。

②について。

核時代とはいえ、まだ通常兵器での局地戦を戦うことになろう。
それでは、兵士の「消耗」が増える。
当然兵士が足らなくなり、徴兵制度が実施されることになるであろう。

③④について。

軍隊を持てば、アメリカに日本を守ってもらう必要はなくなる。
日米安保条約は、いらない。
基地もなくなる。 
この点は、いいことである。

そうなれば、現在の基地問題はすべて解消する。
沖縄もそうだ。もっともそうなれば、沖縄は、今度こそ戦争をさけるために、独立を宣言するかもしれないが。

しかし、すんなりとアメリカが、日米安保条約の解消を承認するかどうかは、疑問である。
アメリカの議会がどう反応するであろうか。
最近のTPPによる動きなどを考えると、そうすんなりと認めるとは思えない。

アメリカが日本に原爆を落としたことは、アメリカにとっては、忘れられないことであろう。
ヒットラーでさえ、「ドイツに原爆を落とされたら国民が一人になっても,報復する」と言ったぐらいである。

このトラウマは消え去ることはなかろう。アメリカ人の心の奥底に沈んでいて、精神的な重荷になっていることはまちがいない。アメリカの出生の秘密とともに。

日本が国防軍を持つことになれば、アメリカおよびアメリカ国民の反応は、決して穏やかなものにはならないであろう。

⑤について。

日本は近い将来有人衛星を打ち上げることになろう。 日本のロケット打ち上げの技術は、アメリカに迫りつつある。 あるいは、アメリカをもしのぐか。
今のソ連、中国は国内情勢からすると、とても日本に対抗できるとは思えない。

中国の台頭は確かに著しいものがある。
しかし伝え聞くところによると、中国には独自技術があるとは思えない。
かっての日本のようなものであろう。

ソ連は体制が変わってから、20年たったところである。
ソ連時代の傷跡は、まだまだ大きく残っていよう。
スターリンが多くの有能な将校を大量に粛清した後遺症は色濃く残っていよう。

そうなると、必然的に仮想敵国は、アメリカということにならざるを得ない。

⑥について。

戦争は高度に政治的なものであるから、機密が生じるのは避けられない。
そうなれば、軍事裁判を独自に行うことになるのは、無理からぬところである。

国民の人権が大きく制限されることになろう。
それを想定してか、国民の人権の行使は、公益および公の秩序に反してはならない、と規定されている。

⑦⑧ について。
国防軍が出来れば、軍事費の大幅な増大は避けられない。

海軍は、原子力空母や原子力潜水艦を持つことになるだろう。
燃料の補給のことを考慮すれば、そういう選択になろう。いちいち基地に戻っていては、
作戦上大きな制約をうけることになるからである。

船とともに攻撃兵器として、核兵器を搭載することになるかは、微妙なところである。
抑制のためであっても、使えない兵器を持つことにどれだけ意味があるのか、想定できないからである。

すべてのコストとリスクを計算することは、多くの困難を伴うと思われる。
これは福島の原発事故で証明ずみのことである。
どちらにしても、国の財政を大きく圧迫するものになろう。

また攻撃兵器としての核を持てば、誰かに大きな権限を委譲することになる。
誰にこの権限を委譲することになるのかも、大きな問題となろう。
またこのような権限を持つことを承認するようなことが、日本人にできるのかどうかという問題もある。

丸山真男によれば、太平洋戦争について、結局誰一人として私が始めました、と認めた者がいないそうである。結局誰がはじめた戦争なのか、はっきりしない。
巣鴨で処刑された「戦犯」は,マッカーサーにより「裁かれた」のであって、戦争犯罪を認めたわけではない。

そうなると核のボタンを誰が持つかということが大きな、問題として出てくるであろう。
責任を取ろうとしないものに、持たせるわけにはいかない。
核のボタンを持ち、その重圧に耐えることを要求されるような事体を引き受ける機関が、はたして作れるのかどうかが問題になろう。

自民党の憲法改正案における国防軍の創設は、日本を根本的に変える結果になると思われる。
空気が支配する社会と揶揄される日本において、今国防軍を作ることは、日本の将来を危うくすものであると言わざるを得ない。