少子化、高齢化、耳にタコが出来るぐらいよく聞かれる言葉になった。
内閣府が、ひとり暮らしの65歳以上を対象に実施した、意識調査。
1人暮らしの高齢者で、自分が幸福だと感じている男性は、女性の半分という結果がでたと、西日本新聞が伝えた。
高齢の独居男性幸薄い、内閣府 「幸福」女性の半分←ここから元記事へ
◆ 不幸と考える高齢者がどれほどの割合になるか、問題
調査では、用事を頼める人の有無など、人付き合いでも、男女の違いが浮かびあがったようだ。
調査は昨年におこなわれた。
政府が6月に閣議決定する、2015年版高齢社会白書に盛り込まれる。
調査は、点数制で、10点満点評価というやり方でおこなわれた。
「とても幸せ」を10点、「とても不幸」を0点と設定し、高齢者自身で何点になるのかをきめてもらった。
10点と答えた女性は18・0%で、8点以上は計43・6%だった。
合計で、61.6%。
一方、10点の男性は8・4%で、8点以上も計22・7%にとどまり、女性のほぼ半分だった。
記事が書いているように、この数字を見ると、見事に半分になっている。
記事は、「とても不幸」と考える高齢者の割合の比較までは、載せていない。
この統計では、女性の38.4%、男性の68.9%が自身を7点以下と判定している。
はたして、全体として、低いほうに傾いているのか、それとも、中間地点にとどまっているのか。
幸福と考える人の割合もさることながら、不幸と考える高齢者がどれほどの割合になるのかこそ、関心がある。
その社会が、どれほど成熟した社会であるかを測る目安になると思うからだ。
◆ 男性と、女性とでは、これほどの差がある
上に張り付けた写真には、高齢者と、幼い女の子が写っている。
読者は、これを観て、この二人の関係について、どう判断されるであろうか。
この二人が家族であると思われるであろうか、それとも、たまたま、そこに居合わせただけの関係である、と考えられるであろうか。
私は、家族ではないと判断した。
理由は、ベンチの上にある。
ベンチの上にあるのは、幼い女の子が持つにしては、あまりに、地味すぎる。
もっと、カラフルな色のバッグをもってきているだろう。
また、この男性のおんなの子を見つめる視線も、何となく、輝きが感じられないし、うつろにみえる。
もし、この子が家族であったのなら、もっと輝いて見えることだろう。
なによりも、もっと近づいて、しゃがんでおんなの子と一緒に、ハトをみることだろう。
だがこれが、もし、女性であったとしたら、どうであろうか。
たとえ家族でなくとも、この子の近くで、ひざまづいてハトをみるのではないだろうか。
男性と、女性とでは、これほどの差がある。
これは、私の偏見ではないと思う。
偏見であると思われる読者は、これとよく似た状況に居合わせた時、注意深く観察してみていただきたい。
◆ 自身を不幸だと感じる男性の高齢者が、多く暮す世の中がくる?
ここに張り付けた図には、1980年から2035年までの、一人暮らしの高齢者の実測と予測が示されている。
1980年では、女性が約69万人。男性は20万人。
それが2015年では、女性が約420万人。
男性は、約190万人。
男性は、女性のほぼ半数になっている。
今後の傾向をこの図でみるると、男性の高齢者の絶対数も、割合も、増えていっている。
もし、この西日本が伝えている記事の通りだとすると、これからの日本の社会は、自身を不幸だと感じる男性の高齢者が、多く暮す世の中になりそうな気配がする。
◆ 心の充足感こそが、高齢者を救う
長くなりましたが、もう少しの間おつきあいをお願いします。
次は、一人暮らしの男性の高齢者の悩みについて、見てみようと思います。
それは、横にある図に書き込まれたことで、ほほカバーできている、といえるでしょう。
ひとつは、家事に関すること。
ふたつ目は、他人との付き合いや、人間関係について。
家族を人間関係に含めれば、大きく分けて、この二つが高齢者の幸福感にマイナス作用として働いている、と思われます。
もちろん、これらの多くは、経済的な不安がなければ、もっと端的に言えば、お金があれば、解決する問題である、と見ることもできる。
とくに、家事、買い物、食事の支度、近所の付き合いなどは、経済的な問題が解決すれば、済むことであろう。
のこる問題は、心の充足感にかんすること事で、ほぼ占められるのではないか、と思う。
だが、これは他人を頼りにしていては、解決しないことだろう。
私が上で仮説をたてた女性のように、自分自らが、他人に寄り添う姿勢がなくてはかなわないことである。
受け身であっては、だめだ。
これは、一人ひとりの心の持ち方の問題であろう。
これを解決するヒントは、明治維新の英傑のひとりである高杉晋作の残した歌をである。
それを書いて、この記事の締めくくりとしたい。
おもしろきことなき世を おもしろく
すみなすものは 心なりけり
(2015年5月21日)
内閣府が、ひとり暮らしの65歳以上を対象に実施した、意識調査。
1人暮らしの高齢者で、自分が幸福だと感じている男性は、女性の半分という結果がでたと、西日本新聞が伝えた。
高齢の独居男性幸薄い、内閣府 「幸福」女性の半分←ここから元記事へ
◆ 不幸と考える高齢者がどれほどの割合になるか、問題
調査では、用事を頼める人の有無など、人付き合いでも、男女の違いが浮かびあがったようだ。
調査は昨年におこなわれた。
政府が6月に閣議決定する、2015年版高齢社会白書に盛り込まれる。
調査は、点数制で、10点満点評価というやり方でおこなわれた。
「とても幸せ」を10点、「とても不幸」を0点と設定し、高齢者自身で何点になるのかをきめてもらった。
10点と答えた女性は18・0%で、8点以上は計43・6%だった。
合計で、61.6%。
一方、10点の男性は8・4%で、8点以上も計22・7%にとどまり、女性のほぼ半分だった。
記事が書いているように、この数字を見ると、見事に半分になっている。
記事は、「とても不幸」と考える高齢者の割合の比較までは、載せていない。
この統計では、女性の38.4%、男性の68.9%が自身を7点以下と判定している。
はたして、全体として、低いほうに傾いているのか、それとも、中間地点にとどまっているのか。
幸福と考える人の割合もさることながら、不幸と考える高齢者がどれほどの割合になるのかこそ、関心がある。
その社会が、どれほど成熟した社会であるかを測る目安になると思うからだ。
◆ 男性と、女性とでは、これほどの差がある
上に張り付けた写真には、高齢者と、幼い女の子が写っている。
読者は、これを観て、この二人の関係について、どう判断されるであろうか。
この二人が家族であると思われるであろうか、それとも、たまたま、そこに居合わせただけの関係である、と考えられるであろうか。
私は、家族ではないと判断した。
理由は、ベンチの上にある。
ベンチの上にあるのは、幼い女の子が持つにしては、あまりに、地味すぎる。
もっと、カラフルな色のバッグをもってきているだろう。
また、この男性のおんなの子を見つめる視線も、何となく、輝きが感じられないし、うつろにみえる。
もし、この子が家族であったのなら、もっと輝いて見えることだろう。
なによりも、もっと近づいて、しゃがんでおんなの子と一緒に、ハトをみることだろう。
だがこれが、もし、女性であったとしたら、どうであろうか。
たとえ家族でなくとも、この子の近くで、ひざまづいてハトをみるのではないだろうか。
男性と、女性とでは、これほどの差がある。
これは、私の偏見ではないと思う。
偏見であると思われる読者は、これとよく似た状況に居合わせた時、注意深く観察してみていただきたい。
◆ 自身を不幸だと感じる男性の高齢者が、多く暮す世の中がくる?
ここに張り付けた図には、1980年から2035年までの、一人暮らしの高齢者の実測と予測が示されている。
1980年では、女性が約69万人。男性は20万人。
それが2015年では、女性が約420万人。
男性は、約190万人。
男性は、女性のほぼ半数になっている。
今後の傾向をこの図でみるると、男性の高齢者の絶対数も、割合も、増えていっている。
もし、この西日本が伝えている記事の通りだとすると、これからの日本の社会は、自身を不幸だと感じる男性の高齢者が、多く暮す世の中になりそうな気配がする。
◆ 心の充足感こそが、高齢者を救う
長くなりましたが、もう少しの間おつきあいをお願いします。
次は、一人暮らしの男性の高齢者の悩みについて、見てみようと思います。
ひとつは、家事に関すること。
ふたつ目は、他人との付き合いや、人間関係について。
家族を人間関係に含めれば、大きく分けて、この二つが高齢者の幸福感にマイナス作用として働いている、と思われます。
もちろん、これらの多くは、経済的な不安がなければ、もっと端的に言えば、お金があれば、解決する問題である、と見ることもできる。
とくに、家事、買い物、食事の支度、近所の付き合いなどは、経済的な問題が解決すれば、済むことであろう。
のこる問題は、心の充足感にかんすること事で、ほぼ占められるのではないか、と思う。
だが、これは他人を頼りにしていては、解決しないことだろう。
私が上で仮説をたてた女性のように、自分自らが、他人に寄り添う姿勢がなくてはかなわないことである。
受け身であっては、だめだ。
これは、一人ひとりの心の持ち方の問題であろう。
これを解決するヒントは、明治維新の英傑のひとりである高杉晋作の残した歌をである。
それを書いて、この記事の締めくくりとしたい。
おもしろきことなき世を おもしろく
すみなすものは 心なりけり
(2015年5月21日)