くしくも同じ年に産まれた党首同士の対決となった。
志位委員長の、「先の戦争は正しい戦争か、間違った戦争か」という問いかけに、安倍首相は明言を避けた。
時事通信は、直近の衆参両院選挙で議席を増やした、共産党の志位和夫委員長が、
2004年以来11年ぶりに、党首討論に臨んだと報じた。
共産委員長「躍進の重み実感」=11年ぶり党首討論参加
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◆ 安倍首相には、首相の資格がない
共産党が、党首討論への参加資格を回復した。
志位氏は、この討論のあとの記者会見において、「この間、躍進させてもらった重みを実感した。国政の基本問題を正面から問いただす役割を果たしていきたい」と語ったようだ。
志位氏はまた、安倍首相に対しては、「首相の資格がないことがはっきりした。戦後政治に携わる資格があるのかという根本問題が問われる」と厳しく批判した、と記事は結ぶ。
この討論の冒頭において、志位氏は、日本自身が行った戦争の善悪の問題の話であり、これは、歴史の研究の話ではない。
先の戦争について、「間違った戦争」という認識があるかと問いただした。
だが、安倍晋三首相は、「つまびらかに承知しているわけではございません」とのべ、志位氏の問いには、正面から答えることを避けた。
◆ 安倍首相が、「ポツダム宣言」の内容は承知していない、と述べた
志位和夫日本共産党委員長 対 安倍晋三総理《党首討論》【国会中継】
安倍首相は、
「・・ポツダム宣言の中にあった、連合国側の理解、たとえば日本が世界征服をたくらんでいたという事を今ご紹介になりました。私は、その部分をつまびらかに読んでいないので、今ただちに論評することは差し控えたい・・」
という、驚くべき発言をした。
◆ 安倍首相の基本姿勢そのものこそ問題である
志位氏は、安倍首相の「ポツダム宣言」そのものについての認識より、その中身が言わんとしていることについて問いただした。だが、結果的に、首相が、ポツダム宣言について、どれほど読み込んでいるのかという事についてを、暴露する結果になった。
志位氏がいうまでもなく、また安倍首相も認めているように、ポツダム宣言は
戦後の日本の出発点である。
安倍首相が、本当にこのポツダム宣言を読んでいないのか、あるいは、読んだが読んでいないと、はぐらかしたのかについてまでは、分からない。
だが、志位氏は、その内容にまで言及したうえで、安倍首相にどう思うのかと問いただしている。
だから、たとえ読んだことがないならないで、「私は読んではいないが、そのことに関しては、私としてはこう思う」、という答弁の仕方は出来るはずだ。
だが、安倍首相は、あくまでも明確な答弁を避けた。
正しい戦争であったのか、それとも間違った戦争をしたのか、という事については、最後まで明確には答えなかった。
これでは志位氏が、安倍首相に対して、「戦後政治に携わる資格があるのかという根本問題が問われる」と、述べるのは理解できる。
何よりも、今国会において、衆議院で3分の2をこえる勢力を擁しながら、わずかに21名の少数党の党首の問いかけに、真正面から答えず、答をはぐらかした。
そのような、安倍首相の基本姿勢そのものこそ問題であると、私は思う。
知らないことを知らないといい、解らないことを解らないというのは、なにも責められるべきことではない。
むしろそのことを正直にいうほうが、勇気のいることである。
たとえ、深慮遠謀の政治の世界にあっても、正直は美徳である、と思う。
そうあってこそ、国民も政治家を信用する。
もし、その信用が崩れたら、たとえどんなに強固で立派な建物をたてようとも、砂上の楼閣に過ぎない。
やがては国民から、見放されることになるだろう。
※ 大幅に追加して、再送しました。2015/5/21
(2015年5月20日)