2015年7月29日水曜日

安保法案の理解が進まないのは、「砂川判決」による

安保法案に対する、国民の理解が進まないのは、安倍政権が「砂川判決」を、法案の正当性の根拠にしていることにある。

「安全保障環境の変化」(現在の状況)が切迫したものである、といいながら、「砂川判決」(55年も前のこと)を持ち出すことが、原因だ。


 砂川判決は、安保法案の「正当制の根拠」には、なりえない「代物」

「砂川判決」(事実上は、最高裁判決=田中判決)は、1959年(昭和34年)12月16日に出された。

いまから、55年も前の判決である。
しかも、その判決は、旧安保条約の下において、出された「判決」である。

そのような判決をもとに、現在の状況に当てはめることに、何の矛盾も感じない。
この「不思議さ」、「詭弁(きべん)」が、問題にはならない。(今日、片山議員が指摘していたが。)


しかも、その「最高裁判決=田中判決」は、日米安全保障条約のように高度な政治性をもつ条約。このような高度な政治性のある事柄については、判断を下すことは出来ない、と述べている。

その後の、最高裁は、この判決を踏襲している。(それは、「統治行為論」と呼ばれる。)
しかも、この判決が出るについては、―今日では―田中裁判長が、米国の「指示を仰いでいた」という事実が、判明している。

いわば、この「最高裁判決=田中判決」自体が、「いわくつき」の判決である。

今回、安倍政権が国会に出している、安保法案の「正当制の根拠」には、到底なりえない「代物」である。

(youtube 『検証・法治国家崩壊』 天木直人・吉田敏浩)

◆ 安保法制案は、米国からの要求に従ったもの

また、従来の政府答弁では、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される急迫、不正の事態(では)、”必要最小限度の範囲”の自衛の措置が認められるが、日本が攻撃されていない集団的自衛権は”憲法上許されない”との判断が示されていた。(1972年)

さらに、集団的自衛権の行使は”必要最小限度の範囲”を超えるもので、”憲法上許されない”との政府答弁書を閣議決定し、以来、こうした解釈が定着してきた。(1981年)

このように考えてくると、結論は、こうなるだろう。
今回、安倍政権が提出した、「安保法案」の正当性に関する法的根拠は、何も存在しない。

であるのに、今回に限り、「出来る」と180度の転換をした。
それは、つまるところ、「政府が閣議決定をして認めた」から、「正しい」という事以外には、説明がつかない、ことだ。

しかも、それは、日本の国民のためでは、ない。
安倍首相は、「日本の国民の命と暮らしを守るためだ」、といっているが、それは「ウソ」だ。

本当のところは、米国(オバマ政権)の要求に従った、という事だ。
ことの真相は、ここにある。

だから、4月に米国の議会で安倍首相が、「安保法案を夏までに成立させる」と演説した時、大きな「拍手」が起きた。
(私のブログの記事。安倍首相とアーミテージ氏。集団的自衛権の行使の容認の閣議決定の真相。」でも、述べています。)

だから、安倍首相は、国会において、こう答弁すべきなのである。

「今回、米国からの要求があって、集団的自衛権の行使の容認に、踏み切ることに致しました。
これは、日本国憲法には、違反することかもしれませんが、日米同盟の重要さを考慮すると、決断せざるをえませんでした。」

それを正直に言わないから、「無理に無理を重ねる」ことになる。
説明に、齟齬(そご)をきたすことになる。

(関連サイト案内)
「法案可決は安倍首相個人の強い願望」。スペイン・・=HBO
安保法案「法的安定性関係ない」 補佐官発言を与野党が批判=東京新聞
安保法案 礒崎補佐官が陳謝 法的安定性軽視「心から反省」=東京新聞
安保法案審議 首相、補佐官更迭を拒否=東京新聞


(2015年7月29日)