2015年7月22日水曜日

日本国憲法の第9条は、二度の「改正」が行われた

大日本帝国憲法は、「不磨の大典」である、といわれる。
同じく、日本国憲法も、一度も改定されたことはなく、その意味で、「不磨の大典」といってよい、のかもしれない。

だが私は、日本国憲法は、第9条に限って言えば、すくなくとも、2度の「改正」が行われた
、と思う。

「少なくとも」と、カッコ書きにしたのは、意味がある。
それは、吉田茂によっても「改定」された、と思うからだ。

(このことを別にすれば)第1回目の改定は、1950年8月10日のポツダム政令にもとづく「警察予備隊令」(政令)である。これが、自衛隊の創設につながる。

第2回目は、 PKO法による「改正」である。

そして、今度は、安倍政権の「安保法案」による改定が、画策されようとしている。
もし、この法案が国会を通過し、法律となった時は、第3回目の改定が行われた、という事になる。


◆ 吉田茂の行為は、日本国憲法に違反するもの

吉田茂による「改正」は、国会の議決によらない。
まして、国民には、何の相談もなしに、取り結ばれた。

議員内閣制の議論を持ち出すまでなく、内閣総理大臣がかってに条約を結ぶことは、憲法に違反する行為である。

それにもかかわらず、吉田茂は、勝手に、独断で、「サイン」をした。
だから、「旧日米安保条約」は、日本国憲法に違反した条約、であった。

その意味で、砂川事件における「伊達判決」が、違憲としたのは、当然のことであった。
これが、違憲でないとすれば、「日本は法治国家ではない」、という事になる。


このことについては、日米安保条約が成立すると同時に、旧日米安保条約が、廃棄されたので、現在ではあまり議論されることがない。(また、60年安保闘争においては、どうであったのか、はよく知らない。)

しかし、国家の根幹にかかわる条約が、いち総理大臣の独断により結ばれた。
このことは、日本国民としては、(歴史的事実として)知っておくべきことであろうと、思う。


◆ 自衛隊の創設は、憲法「前文」や、「戦力の不保持」の規定に、違反

第1回目の改定は、1950年(昭和25年)8月10日のポツダム政令による。
これにより、「警察予備隊」が、設置された。

この時、日本は、まだ、連合国の占領下にあった。
まだ、国家としての主権を回復してはいなかった。

日本が主権を回復したのは、1952年(昭和27年)4月28日である。
したがって、この改定は、「日本国の意思」によるものとは言えない。
そういう判断もできる。

その後は、1952年(昭和27年)10月15日に、「保安隊」へと改組
この時は、すでに主権を回復した後である。

よって、これは明確に「日本国の意思」によるものといえる。
もっとも、この時点においても、「保安隊員」の身分は、保安官であり、「軍人」ではない。

「保安隊」は、1954年(昭和29年)7月1日に、「自衛隊」が創設された事により、消滅した。
同時に、このときこそが、憲法9条が、最初に改定された時でもある。

自衛隊の創設は、「戦力の不保持」を規定した、憲法に違反するものであった。

日本国憲法の前文にある、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」という言葉からも、違憲であることは、明らかである。

自衛隊を創設するなら、まず、憲法を改定するという手続きを踏んでから、行うべきであった。
だが、実際には、それは行われなかった。

このことにより、憲法の前文や9条の規定は、「実質的」に、変えられた。
その「精神」は、蹂躙された。

ここにおいて、日本国憲法の9条が「改正」された、と観るべきだと思う。


◆ 正式な憲法改正の手続きを踏まずに、PKO法は、成立した。

第2回目は、 PKO法による「改正」である。
このことがあって、自衛隊が、「おっぴら」に海外に出ていくことになった。

「専守防衛」のためと説明されていた自衛隊が、その役目を大きく逸脱して、海外において、活動することが認められた。

第1回目の改定は、個人の人間が、自衛権を持つことの延長として、「国家にも自衛権はある」という論理からすれば、成り立たない議論ではない、かもしれない。

だが、本来、国内にあって、日本国を守ることが任務である自衛隊が、海外に出ていって活動するという事になれば、明白な憲法違反である。

たとえそれが、「武力の行使」を伴わないものであっても、同じことだ。
当時の国会審議において、「モメにもめた」のは、当然のことである。

この時も、結局は、憲法の改定は行われることがなかった。
正式な憲法改正の手続きを踏まずに、PKO法は、成立した。

これは、もともとの憲法の条文だけでなく、第1回目の改定さえ、覆すものだ。
よって、これにより、第2回目の改定が行われた、と観ることが出来る。

このとき、大いに力を発揮したのが、公明党であった。
このことは、北川一雄氏自身が、「自慢そう」に、語っている。


今回の「改定」が行われれば、また、公明党は、憲法「改正」に「手を貸した」、ことになる。
さらには、今回の「改正」は、たんに第9条のみという訳ではない。


 「憲法9条を守れ」という前に、実態の直視が必要

第13条は、「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」といっている。

安倍首相は、この安保法案を成立させることで、「国民の生命や幸せな生活が守られる」と強調する。
だが、それは方便に過ぎない。

そのことは、この法案の成立を、まず一番に約束をしたのが米国であった、という事からも、はっきりとする。
そういう意味でも、今回の安保法案は、憲法9条だけでなく、第13条も視野に入れることが、必要だ。


「憲法9条を守れ」という前に、実態がどうなっているのかという事について、冷静な判断をすることが、重要だ。
そうでないと、「掛け声」だけに終わってしまう。


※ 一部、加筆して、再送しました。2015/7/23

(2015年7月22日)

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