2015年4月23日木曜日

天地真理『若葉のささやき』と緑の溢れる季節の到来(改題)

ようやく花粉の飛散が収束期に入った。
宮崎県などでは、時ならぬ積雪もあった。
また、今年の菜種梅雨は、晴れ間がほとんど見られず、桜の花をゆっくりと楽しむ事が出来なかった。
だが、ようやく春らしい陽気になってきた。



この時期になると、いつも思いだす歌がある。
それは、天地真理の『若葉のささやき』という歌である。

若葉が急に   萌えだした
ある日私が   知らないうちに
あなたのことで 今はこの胸が
いっぱいだから わからなかったの
・・・・・・




(1曲目が終わったら、画面をタッチしてみてください。もう一つ、動画があります。
服装で感じが違います。YouTubeの動画より)

まだ、20歳になる前のことである。
天地真理も、確かデビューしたての頃のことであり、初々しさがあり、
ハスキーな歌声に、引かれた。

高校を卒業して、山陰の小都市から出て来たばかりであった。その頃の私は、表面的には冷静さを装っていた。
住み慣れた土地を離れて、見知らぬ人々ばかりの中に投げ込まれるのは、生まれて初めての経験ではなかったからである。

それでも、住み慣れない土地に、突然投げ出されるのは、不安なものだ。
ただ、幸いにも、両親と一緒に暮らすことになったので、全く一人で暮らす訳ではないので、その点は楽であった。


京都は、高層ビルが連立するというような都市ではないが、私はいつも下を向いて早足で歩いていた。

特に京都の冬は寒さが厳しく、雪が滅多に降らないとはいえ、足元から上がってくる冷気は、特有な物がある。
それだけに、雪国が春を待つ気持ちとは違っても、春を恋しく思う気持ちは、強い。

そういうなかで、つかの間あいだ、桜を楽しむ。
ようやく、目を上げて、背筋を伸ばす。
だが、桜が終われば、また視線は、足下に戻る。

そして、ある日に、ふと上を向くと、緑があふれている。
特に京都は、桜の樹が多い。
それだけに、町全体が、緑に覆われたような感じになる。

天地真理の歌う世界になる。
特に御所は、すっぽりと緑におおわれ、ここだけが、特別な雰囲気になる。

京都の夏は、特別に、蒸し暑く過ごしにくい。
だから、この緑に溢れる季節が、私は好きだ。
町にあふれかえる緑が、孤独感をいやしてくれる。

緑と、それにマッチした天地真理の歌と歌声が、くじけそうになる私を、
励ましてくれる。

山奥の小さな農村で育った私は、雪深い季節以外は、周り中に緑が溢れていた。
この季節は、その故郷に戻ったような気持ちなる時期(とき)でもある。


今住んでいる所でも、もうすぐに、その季節が始まりつつある。
長く中断していた散歩を、そろそろ、始めたい。

今住んでいる所は、雪は降らない。
だが、花粉症なので、「冬眠」が必要になる。

せっかく、雪にない土地に住んで居ながらにして、「勿体ないこと」だとは思うが、
「あのつらさ」を思うと、避けてしまう。

だが、杉に文句を言うわけにいかない。
これも、人間の勝手な行動が原因だ。

もう年齢的に、激しい運動は、出来ない。
私にとっては、散歩が唯一の、体力を維持していくための運動である。

溢れる緑が、眼を休ませてもくれる。
その点でも、私にとっては、癒し季節である。

(2015年4月23日)