2016年1月8日金曜日

S・R・バット教授「中村元によるインド哲学思想体系の解説は無比」

元デリー大学のS・R・バット教授は、中村元(はじめ)のインド思想体系の解説は、無比なものである、と言う。
この記事も前回に続いて、中村元・博士に関する記事を投稿したい。

新年が明けて、8日がすぎた。国会も始まっているようだが、見る気にもならない。ニュースも読むには、読んでいるが、あえてコメントをしようとまでは思わない。

ここで、山陰中央新報による記事を紹介したい。
ここが、中村博士の生誕100年を記念して、連載記事(全52回)を掲載している。

今回紹介するのは、元デリー大学教授のS・R・バット氏による中村博士の人と業績について公演を、記事にしたものである。


 無類のインド思想理解者=「山陰中央新報」より

並外れた才能、広範な学識、深い洞察と博学さを備えた中村元(はじめ)博士はインド思想・文化の最も偉大な権威の一人として広く認められている。そして、インドの国と人々は、博士に対して深い敬意と好意を持ち続けてきた。

 例えば、ラーダークリシュナン元インド大統領は博士と実に親しい友人であり、度々、博士をインドに招いた。やはり元大統領だったナーラーヤナン氏は、博士を追想した中で「彼は深い知識と非凡な知力を用い、人類の思想の豊かな遺産、特にアジア文明のそれを同時代の人々に身近なものとしてきた」と述べ、博士が日印共通の知としてのインド思想を世界に対し献身的に解説、紹介してきたことをたたえている。

 博士自身もインド文化とのかかわりに誇りを持ち、その気持ちを率直にこう語っている。「文化に限って言えば、インドは我々の文化の母であり、我々はインドの娘である」と。

 日本や欧米の文化を十分に受容しつつも、博士の思想や学識の根本は徹底してインドにあり、そのインド文化を注目すべき深さと密度、広範さで詳述した。鋭いインド文化の理解、すべてのインド哲学思想体系の解説は無比のものである。】


 画期的功績

バット氏は、中村博士の仏教理解について、次のように述べる。

【 中でも博士の仏教理解は傑出している。明瞭で包括的、システマチックで、共感を伴う真の歴史的、教義的な仏教の説明は、他に類をみない。

博士の著作「ゴータマ・ブッダ」は、インドのさまざまな最も信頼できる最古の文献に基づき、歴史上のブッダの生涯を復元した素晴らしいものである。その根本概念「無我(アナートマン)」について、それを「無我」でなく「非我」だと理解すべきだと指摘したことは、画期的功績であった。

 博士にとって仏教は、全人類の精神的、道徳的な必要性に向けて説かれた教えであり、世界的な重要性を持つという意味で、普遍的宗教なのである。

 博士はまた、ヴェーダーンタ的な見解をも信奉していた。達意なサンスクリット語に加え、さまざまな言語を駆使、細心の注意をはらって、3000年以上にわたるヴェーダーンタ思想全体を復元した。】


 中村博士著『ゴータマ・ブッター』

年が改まって、図書館の利用が可能になったので、中村博士の『ゴータマ・ブッター』(中村元選集第11,12巻)を借りた。

予定を変更して、まずは、個の本を起点として、「ゴータマ・ブッター」、仏教、インド思想など。さらには、古代ギリシャの思想家たちが造り上げた思想への理解を深めていきたいと思う。

そう思っていたところ、今日の朝、このサイトに出会った。そこで、上の記事を紹介することで、ブログの記事の更新をしたいと思った訳である。

バット氏の公演の内容については、それを正しく評価する知識も能力も、今のところ、わたしには、ない。だから、引用した記事へのコメントは、控えたい。

ただ、―「ユーチューブ」でも、中村博士の公演を録音したものを毎朝聴いているのがが―中村博士が、学者として、思想家として、第ー級の人であると言うことは、よく解る。

学問に取り組む姿勢も、真摯なものがあるし、けっして、「偉ぶらな」い。語り口は、やさしく、誰か聴いてもよく解るように、ていねいに語られる。

おそらくは、ゴータマ・ブッターも、このようにして、人々を導いたのではないかとおもれれるほどである。

わたしの読書ー中村元選集を読み解くことーは、遅々として進んでいないが、そろそろ、スピード・アップを計りたい。

そして、より有益な情報を、読者の皆様に提供していきたいと考えている。

(2016年1月8日)

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