2013年12月10日火曜日

二度とくりかえしてはならないと、母の日記を見て思う。

しばらくの間の中断をお詫び致します。
また故郷に帰っていました。


90歳に近い両親が病気がちのため、少しの間だけでも寄り添っていたいと思ったのです。
何しろ、店はない、信号もない、誰かの歌の文句の通りの村の事。

ネットが出来るようにするには、1年も待たないと、接続工事が出来ないとのこと。
携帯は通じるものの、いちいち文字を変換するのが面倒なので、この間投稿を中止しました。

母親の方が少しボケ気味なのです。多分、「まだらボケ」というのだと思います。
昔の事はよく覚えているのですが、食事の用意の際などに、ガスの火をつけっぱなしにしたり、水道栓を開いたままにしたり、また、少し前の会話を繰り返したりで、記憶に障害が出ています。

それで、(炊事をさせられないというようなことで)、本人は行動を制限されて、とても不満のようです。そのことで、することがなくなってしまい、増々、記憶に問題が出てきているようです。

ですが、話をしていると、それほどボケているとは思えないのです。
私のことなども良く分っていて、何かにつけて(病気あがりなのを気にして)「何もせんでいい」と言います。

動けるうちは台所の事もした方がいいと思い、一緒に食事の用意をしたりしていました。

ところが病気のせいか、以前にもまして、「ガンコ」になっており、かたくなに自分の意思を押し通そうとするのには閉口しました。

若いころから障害者の教育に携わってきた経験があったり、身近に「心の病」で苦しんでいる人がいたりするので、そんなに驚きはしないのですが、何しろ初めての経験です。

どう対処していいのか、戸惑うばかりでした。

それでも毎日、日記をつけているとのこと。
掘りごたつの台の下に置いているのですが(本人はそれで隠しているつもりのようです)、悪い事と思いつつも、断らずに読んでみると、びっくりです。

何の変哲もない、その日の出来事などを書いているだけなのですが、ある日の文章に驚いてしまいました。

「今日も家族が元気で過ごせますように」「孫やひ孫らが無事で過ごせますように」、というのは当然の願いなのでしょうが、なんと、その冒頭に「今日も世の中が平和でありますように、神様お願いします」と書かれてあったのです。

大正生まれで、おまけに末っ子で、田舎育ちなので、ロクな教育を受けていないと思っていた母が、このようなことを考えながら日々を過ごしていたのかと思うと、私は、大きな衝撃を受けました。

これまでにそんなことなど、一度も母の口から聞いたことはありません。
やはり戦争の記憶が消えないのでしょうか。

上の兄が二人も「戦死」したのですから、当然と言えば当然のことでしょう。

世の母親とは違い、世間の中に出ることを嫌い、家庭の中だけで生きてきた母ですが、それでも自分の家族の事だけでなく、世の中のことも心配していたのです。

この日記を見て、母はボケてなどいないのだと確信しました。
どこにボケていながら、「世の中が今日も平和でありますように」と、日記に書く者があるでしょう。

たとえ記憶に問題があっても、立派に「人間としての心を保持している」のだと分かり、安心しました。

と同時に、私もこの母の願いを実現すべく、少しでも「世の中が平和であること」の役に立つよう努力をしていきたいと、心を新たにしました。

自民党に公明党までもが同調して、再び「戦争にまきこまれる危険性」が出てきています。

かって、母が経験した様な事を再び繰り返してはなりません。
今ならまだ間に合うのです。

国民敗れて、霞ヶ関栄え、国土は草ぼうぼうということだけは、何としても避けたいものです。