2016年2月5日金曜日

善くないことはなし易い、善いことはなし難い

『自分がつくり、
自分から生じ、
自分から起こった悪が、
智慧悪しき人を うちくだく。

――金剛石が宝石をうちくだくように。


きわめてタチの悪い人は、
仇敵がかれの不幸を望むとおりのことを、
自分に対してなす。

――つた草が紗羅の木にまといつくように。

善からぬこと、
己のためにならぬことは
なしやすい。

善いことは、
じつに
きわめてなしがたい。』



「藁人形」を作って、呪い殺してやりたいほどに、
憎らしいと思われている相手が、
我に対してしたいと思うことを、
自分が 自分自身に対して行う。

これほどの愚行は、他にはない。

善くないことだと解っていても、
人は悪い習慣を改めることがない。

自分の身体に悪い、
自分の精神衛生に悪い、
と解っていても 変えることが出来ない。

反対に、
善いと解っていても、
それを実行に移すことが
むずかしい。

世のため 他人のため 自分のためになる、
善いと思うことでも、
なかなか行うことができない。

良い習慣、良い行いをなすことは、
並大抵のことではない。

反対に、
「悪の道」には、はまりやすい。

知らず知らずのうちに、
染まる。

――墨が 半紙に染みこむように。


1 件のコメント:

satoru Kinugawa さんのコメント...

「金剛石が宝石をうちくだくように」という喩えは、解りずらい。金剛石とは、ダイアモンドのこと。
ダイアモンド(=宝石)をもって、他の宝石を打ち砕く。
「自分で、自分を打ち砕く」に対応させている、ということであると思います。