2016年2月16日火曜日

たとえ身体は束縛されても、精神の自由は保てる

『人は田舎や海岸や山にひきこもる場所を求める。
君もまたそうした所に熱烈に憧れる習癖がある。

しかしこれはみなきわめて凡俗な考え方だ。

というのは、君はいつでも好きなときに
自分自身の内にひきこもることが出来るのである。

実際いかなる所といえども、
自分自身の魂の中にまさる平和な閑寂な隠家を
見出すことはできないであろう。



この場合、それをじいっとながめていると
たちまち心が完全に安らかになってくるようなものを
自分の内に持って居ればなおさらのことである。』

ローマ帝国、皇帝マルクス・アウレリウス・アントニヌス
は、『自省録』のなかで、こう述べる。

それは、牢獄に閉じ込められたソクラテスが、
「牢屋のなかにいるのではない」と、
自分のことを考えていた。

『身体は束縛されても、
その心までは誰にも、
支配されることがない。

だから、私は自由である』
と認識した。

そのことに、通ずるものである。

現代に生きる我々は、
自由自在に行動できる『文明の利器』を
手に入れた。

そうであるにも関わらず、
至る所で、束縛されている。

心が、あらゆるものに「捕らわれ」ており、
自由にものを考えることさえも、
出来ずにある。



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