2018年9月12日水曜日

柳田國男『火の昔』 Ⅶ 日本人と灯り

日本人と灯り(盆の火、正月の火、祭事を取り行うためのカマド

1)盆の火

以前の人たちは、自分が灯りなしに道を歩くことが辛いので、目に見えない神さまでも霊でも、全てが同じだろうという考え方があったらしく、
旱魃の神や虫の神を送るのにも火を焚いたように、盆に遠くからご先祖が帰って来られるのにも、松明をともして迎えなければならぬという心持が普通であった。

これが「盆の火」というものの起こりである。
この「盆の火」は、家の外で焚く火の中の一番大切な火で、また、美しいものとされていた。

東京の真中でも、つい最近までは、麻幹(おがら)の僅かばかりを迎え火送り火として、盆の後先に一度づつ、門口で燃やしていた。
    じいさんばあさん
    このあかりで
    おでやれおでやーれ
と。

盆が終わって精霊の帰られるときにも、
    このあかりで
    おいきやれおいきやれ
    
といって送った。

大抵の土地の魂迎えは、墓場の前とか、河の流れの岸とか又は、家の門口とか、ここを通って帰って来られると思う所に、火を焚いた。

また、魂送りの時は、ご先祖の霊以外に、他の多くの無縁仏がいると思うので、殊に燈火を賑やかに焚いて送った。

東京の隅田川の流灯会、松島の瑞巌寺の流灯会などは、有名である。

我々の日本人はご先祖の霊が毎年日を定めて高い所から来られるという信仰を持っていたらしい。

だから、送る時はともかく、迎える時は決まって高い所に道案内の火、つまり航海の燈台のような灯りを揚げようとする習慣が古くからあった。

燈籠の発明と共に、高灯籠というものが出来て、舟の帆綱を上げるのと同じ要領で、灯りを出来るだけ高い棹の先へ吊り上げるようになった。



2)火正月

全体に人が炉のまわりに集まって暮らす時、即ち正月の後先には、古くからの行事が多かった。それが又子供の経験にふかく刻まれて残るものばかりであった。

その中で、火と直接関係の有る物だけを拾ってみると、途方なく大きな火を焚くのが、日本の南北の習慣であった。屋根裏が見える程焚くなどと言っていた。

正月14日の晩は花正月とも言って、木を削って多くの飾り物を屈る日であった。この時、子供も同じ木で祝い棒を作って貰い、次の日にはそれで色々なものを打ち、唱え事をして遊んだ。

大人たちが真剣になって行うのは、月占いという火の行事であった。

横座の前の灰を綺麗にかきならして、そこに栗とかクルミ、小豆とかを月の数だけ並べて、天候を占った。

子供も同じようにして、色々なことをして遊んだ。子供を炉辺の生活に親しませる事は、大人の計画ではなかったが、子供にとっては自然と馴染み深いものになって行った。

炬燵の世の中になると、子供が炬燵を好きになるのを、子供のくせにと言って叱っていたが、子供にとってはこうした囲炉裏の思い出があるからである。

炬燵でも、お年寄りは体が温まってくると、自然にニコニコとして色々な話をして聞かせてくれるが、もう以前のような大きな火はない。さらに、若い元気な人びとは、もうその仲間には入って来なくなった。

家が一つになって生きていくという姿は、炉がなくなってしまうとともに、消え去った。(柳田は、これを「もう外からは見られなくなった」という表現を使って書いている。)

3)祭事を取り行うためのカマド(補則)

大カマドは、その上に神棚や荒神棚を設けた例もあり、このカマドがもとは祭事用として作られた物である、と思われる。

大カマドは、祭りの度ごとに臨時に造られたカマドが、後に常設化されたものである。こんな大きいのは、神との共同飲食の為に大量の湯を沸かしたり飯を炊いたりする必要性からである。

庭カマドは、年末から年始にかけて行われる正月行事の1つであった。庭カマドの庭は土間のことで、家ごとに土間に蓆を敷き、主人から下人にいたるまで土間に座り、カマドを築いて雑煮を煮て食べる。

ニワ(庭)は、共同の祭祀や行事が行われる場であり、それが後に各民家の土間に取り込まれるようになったと思われる。土間のことをニワ(庭)というのはその名残である。

座敷ではなくて、土間に座を儲けるのは、庭カマドがもともとは、屋外の祭祀であったことを示すもので、それが後に各家庭の祭祀として屋内で行われるようになった、と考えられる。

今日の民家に見られる土間は、縄文時代の竪穴住居にまでたどる事が出来る。土間は屋内に取り込まれた大地であり、大地の延長でもあった。

土間に直にカマドが築かれているのは、カマドと大地の繋がりを示唆するものと言えるだろう。

だから、カマドを土間から引き離し、カマド台の上に載せるようになったことは、大地と火にまつわる日本人の古い記憶を断ち切る出来事であった。

この事は、カマドの背後に広がる豊かな精神性を断ち切ることでもある。
最早カマドは単なる物としか感じられなくなった。(『日本の生活環境文化大辞典』)

(※今回で、柳田國男『火の昔』の読書メモ、は終わります)

(2018年9月12日)



参考文献

1)『柳田國男 全集 14』 筑摩書房
2)日本民俗建築学会編 「(図説)民俗建築大辞典 』 柏書房 
3)日本民俗建築学会編 『日本の生活環境文化大辞典』 柏書房
4)宮崎玲子著 『オールカラー 世界台所博物館』 柏書房
5)大館勝治・宮本八恵子著『「今に伝える」農家のモノ・人の生活館』柏書房
6)柏木博・小林忠雄・鈴木一義編『日本人の暮らし 20世紀生活博物館』講談社

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