2013年6月30日日曜日

参議院選挙について考える(1)  今が改憲の時か

先年亡くなった小室直樹博士によれば、田中角栄元総理を裁判所が有罪にした時点で、
日本の民主主義は失われた。

一国の総理大臣を,超法規的な方法で裁いた。
刑事訴訟法をやぶり、裁判での被告の反対尋問もみとめずに、有罪にした。

いわば暗黒裁判によって、総理大臣を裁いた。

のちに最高裁判所は、コーチャンの証言は適法性がなかったことを認めた。
しかし、それは田中角栄の死後のことであった。

こうして一国の総理大臣を違法に裁くことで、司法は死んだ。
それは同時に、日本国憲法の死を意味した。

従って、現状おいて改正議論は無意味である、と説明される。
だからまず必要なことは、死んだ憲法を生き返らせることであるといわれた。

我々は、どうすれば憲法を生き返らせることが出来るのか。

それはさておいて。
今度の選挙で憲法改正がにわかに議題に上がっている。
安部首相の意向であろう。

なぜ今憲法改正なのか。
憲法を改正して、どんな国にしようとしているのか。
具体的な事の議論は後にして、大まかな点について、考えてみたい。
まず、今度の選挙で改正を議論することの是非についてである。

私は、もっとほかに争点とするべき事柄があるのではないか。
そのことを隠すための、改正議論ではないのかと思う。

原発の再稼働と原発行政の根本的な見直し、TPP、選挙制度など、どれも今後の日本の方向を左右する重要な事柄がある。
先の衆議員選の時もそうであってが、結局争点にはならなかった。

原発をどうするのか。
脱原発でいくのか。
安全でないことが明らかになった今でも、原発に頼っていくのか。

原爆を落とされ被害を受け、過ちは繰り返しませんと誓った日本が、
今度は加害者側になってしまった。

事故で放射能を海にばら撒いた。
おかげで、日本には海に流れ分だけ、少なくて済んだ。
もし風向きが違えば、もっと大変なことになっていたであろうといわれる。

また、原発はエネルギー政策とも関係してくる。
環境問題ともかかわってくる。
経済的なこともある。
まさに最大の争点にするべき事柄である。

TPPもそうである。
あれだけ反対していた自民党が、政権に返り咲いた途端に,TPPに参加交渉することを決めしまった。

民主党を口を極めて批判していた自民党の議員たちが、手のひらを返すように、TPP参加交渉にに賛成している。

西田議員などがその代表である。
あれだけ絶対反対を叫んでおきながら、安部首相になったとたんに賛成に回るなど、いくら政治家が厚顔であるとはいえ、あまりのことである。
自分の考えと違うから自民党を出るのかと思ったら、そうではなく安部首相を全力で補佐するのだという。

開いた口がふさがらないとはこの事だ。

田中角栄を違法に裁いたことで、日本は、急性アノミー状態になった。
そして原発事故以後の今は、無法者の跋扈する社会にまでなってしまっている。

自民党は、日本の国益に反する聖域は、絶対守りますと、説明している。
しかし、アメリカはとっては、日本の聖域を破ることこそが,TPPの目的ではないのか。

日本の要求が通らないようなら、参加交渉の途中でやっぱりやめますと言えばよい、
と説明される。
無理ならやめればよいという気休めを言って、国民をあざむこうとしているのではないか。

交渉の途中でそのようなことが、外交上許されるのか。
テーブルに着くことは参加することを約束したことになるのではないのか。

民主党の公約破りもひどい。
しかし、自民党もかっては、何度も公約を破ってきた。
民主党のことをとやかく言えた義理ではなかろう。

自民党が勝ったのは、小沢憎しで、多くの国民がそのことを忘れてしまっていただけである。
あるいは、知らなかった若い国民もいよう。

さらにまた、いまの国会の状況もひどい。

裁判所の違憲判決が多数出ているにもかかわらず、一票の格差の是正に本格的に取り組もうとしない。
ここ最近の国会の格差是正に関する議論や動きは、自分たちにはその能力も気持ちもありませんということを証明している。

こんな国会に、国の根幹にかかわる憲法の改正を任せられるのか。

そもそも違憲であると言われた選挙で当選した議員に、議員の資格があると言えるのか。
法律に違反した選挙で当選した議員たちに、法律を作る資格があるのか。

そのような法律でも、国民は守る必要があるのか。

いえ、法律を作るのは官僚で、法律に違反した議員が作るわけでないので、関係ありませんと開き直るのか。悪い冗談にもならない。

日本の政治家は地に落ちた、と言われても反論できる政治家は余りいまい。
これだけもってしても、憲法改正は、今、するべきではない。

日本は今ひどい状態ある。
選挙に行っても、行かなくても、このひどい状態からは抜け出せないように、私には思える。