2013年6月26日水曜日

国が原発の再稼働を強行するのは何故かを考える(3)

今動いている大飯原発の運転がそのまま継続されることが、決定されそうである。
9月までは、新基準については、将来的に改善していくことで、取りあえず現状のまま運転することが認められた。


また、原発の安全性の確保について、原発側が主導権を取り、規制委員会がそれを審査する方式に変わった。

自民党は、野党時代の主張を翻し、規制委員会から中立性を取り去ろうとしている。
自民党議員で作る「電力安定供給推進議員連盟」が、原発推進の提言をまとめ上げた。
それには、規制委に対して事業者や自治体への配慮を求めたものになっている。

そこで、今までのまとめとして、こうまでして原発の再稼働を強行する理由について考えてみたい。

考えられることは、今回の福島の事故に対する認識の甘さと責任感のなさである。
それは先日問題になった高市発言に象徴されている。

「死者が出ていないのだから大きな問題がない。廃棄には莫大な費用がかかるが、
稼働している間のコストは比較的安いから良い。」というような認識は,
まともな判断能力が欠如しているから、としか考えられない。

事故や現状に対する認識が、あまりにも国民の意識とかけ離れている。
死者もたくさん出ているし、コストが安い訳ではない。

維持運転するため、安全の確認のために、国から多くの費用が出されている。
また、事故の際に直接被害にあった人に対しての莫大な賠償費用は計算には言っていない。
さらには、間接的に被害を受ける人については、調べようがないほどの規模である。このようなものについては、計算しようもないほどの額になろう。

こう考えるとコストが安いなどとはとても言えない。
それは、事故のないことが前堤の議論である。
それは空論でしかないことが、はっきりと証明された。

それでも、このような発言に対して、安部首相は、今後の発言を注意するように述べただけである。
それ以上の責任の追及はされなかった。
安部首相も根本において、高市発言と同じ認識であるのではないか。
自分が言えなかったことを代わりに行ってくれた、ぐらいに思っているのかもしれない。

そうでなければ、このような発言対して、注意するだけというのは、あまりにもいい加減な対応である。

どちらにしても、まともな精神状態にあるとはとても思えない。
まともでないなら、強行するのは分る。

しかし、何を前にしてこうまで狂ってしまうのか。
社会病理学的な解明が必要であろう。

考えられるのは、
 第1に、電力、産業界、地方からの強い要請であろう。
 第2に、アメリカからの要請が考えられる。
 第3に、官僚に押さえこまけれたこと。
 第4に、今止めてしまえば、今までの政策が誤りであったと認めることになる。
     その責任を回避したいから。
 以上のようなことがである。

あのような事故の後でも、十分な対策も取らず、反省もせず、再稼働を強行するのは、
狂気の沙汰であるとしかいいようがない。