2012年10月6日土曜日

始めるのにおそすぎるということはない

始めるのに遅すぎるということはない、とよく言われる。その通りである。  
遅すぎると思うと、いまからでは間にあわないからやめておこう、ということになる。
それでは折角の機会を逃してしまうことになる。

人生についても同じことが言えると思う。
それどころか、人生についてこそ、この事がよくあてはまる。
普通は遅いと思い、あきらめてしまう。

この年になって、今更と思ってしまうからだろう。それでは何もならない。
この年では、これこれのことはしてはいけない。
これこれのことをしなければならない。
そんな事を、だれがいつ決めたのだろうか。

いつだれが決めたかもわからないようなことなど、かまわなくてもよい。
もう十分に、自分を責めてきたのだ。

歳であればあるほど、世の中の決まり事から自由になれるはずだ。
歳であればあるほど、責任が小さくなる。
だから、今更といわず、今だから始めよう。

その際に大切なことは、何をするかの判断基準である。
それは、自分のしたいことをする、自分の好きなことをする、というところに置くことだ。

そして、これは自己再発見の旅でもある。
だから他人のことは考えなくてもよい。
他人の目も気にしなくて良い。

ただひたすらに、自己を見つめるのである。
力の限り、自分を試すのである。
我に七難八苦を与えよといった、山中鹿之助の心境になることである。

また、何歳であろうと関係がない。
男だから、女だからということもない。
あるのはただ自分だけである。

これは、自己満足を得ることが目的である。
自分を喜ばせることが出来ればよいのである。
他人を喜ばせたり、幸せにしたりすることが目的なのではない。

こうすれば喜ばれるだろう。
これをすると笑われるだろう。
これをすると嫌われるだろう。
そんなことは考えなくてもよいことなのだ。

結果的に、そうなったとしても、あくまでそれは他人が判断したことである。
そして、それは他人に任せるしかないことである。

残り時間は少ない。
あせることはないが、のんびりともしておられない。
何しろやりたいことは、山ほどあるのだから。
というような人生にしたいものである。

これは自己実現ということについて考えてみたことである。
だから、今の自分自身の置かれている立場上、
どうしてもしなければならないことまで無視しいてよいということことを言いたいのではない。


推薦する本

1)僕ならこう「いきなおす」   弘兼憲史著    新講社
2)天地人            火坂雅志     NHK出