(209)
都知事選も、佳境に入ってきました。
また、相も変らぬ手法で、細川氏への攻撃がなされています。
ところで、金権政治と言えば、「田中角栄」です。
田中角栄と言えば、「金権政治」となるのが世間の相場である。
だが、古来より、金権政治は、あった。
有名な所では、江戸時代の「田沼意次」だ。
「清廉潔白」を信条とし、「白河の清きに魚のすみかねて」と揶揄され、
「逆に田沼を非難していた松平定信さえも田沼にいやいや金品を贈ったと書き残している」
と言われるほどに、「政治とお金」は縁が切れない。
というより、お金そのものが、元々そういう性格のものである、と言った方がよいか。
なぜなら、「お金を刷る」(硬貨はこうは言えないので、カッコをつけておきます)のは国家であるからだ。
人間が富を蓄えるようになってからこのかた、社会の構造は変化しても変化しなかったものがある、と思う。
それが、(「お金に対する信仰」とでもいうべき)お金に対する執着心である。
だから、人類がその日にとれたものをすべてその日に消費せず、蓄えるようになってからは、一貫して「お金主義社会」が続いている、と言っても過言ではない。
むしろ、そういう方が、「正しい」という気がする。
むろん、私は、社会構造のことを言っているのではない。
普通に暮らす「人間としての姿」のことを言っているに過ぎない。
だから、社会変革がどのこうの、という話ではない。
ここの所は、誤解しないでいただきたい。
そんなに「だいそれたこと」を問題にしている訳ではないのである。
◆
さて、週刊ポストに次に様な囲み記事が載せてあった。
とても、狭いスペースであったので、よほど注意深く見ないと見落とすぐらいの記事である。
ネットの記事を見て買ったので、たまたま目に留まったということでしかない。
(著作権の関係から、全文を掲載できません。要旨についてだけ、纏めます)
さらりと書いてあるが、驚くべき内容をふくんでいる。
村上正邦氏の(元自民党参議院会長の肩書を持つ)「細川を退陣させた男」と言う記事である。
そしてタイトルが「佐川問題は”デッチ上げ”だった」というものである。
記事を読んで、二度びっくり。
村上氏は、細川元総理の退陣劇は「自民党が倒閣のために首相のスキャンダルを利用して、政権から引きずりおろした成功例かな」と述べているのである。
しかも、「実際には細川さんは借入金を佐川にしっかり返済していた」というのだ。
そして「国会を空転させるための時間稼ぎをやろうとした。そりゃ、徹底的にやったよ。」
というのである。
それを検察と「結託してまで」国会で追及した、というのである。
また、この号では、『突如流出した細川「疑惑のNTT株4億2000万取引』全資料、という文字が、表紙に踊っている。
もっとも、この記事は、ポストの独自取材によるものではなく、ジャーナリストの伊藤博敏氏が寄稿したものである、と書かれている。
相変わらずの用意周到さである。
自分に「火の粉」が飛んでこないようにしてある。
ところが、書き出しの所で「本誌は当時の細川氏周辺への取材により、当時も明らかにされなかった辞任理由の深層をつかんだ」と書いている。
[レポート/伊藤博敏]としながら、「本誌は・・・」と書く神経が私には解らないが、紛らわしい事、この上ない記事である。
それはさておいて。
で、この投稿記事の冒頭に挙げた、週刊ポストが、同じ号で書いている「囲み記事」である。
いずれは問題にされることがあるかもしれないが、時期が時期だけに・・・・。
まだ、書店に行けば手に入ると思われます。
関心のある方は、是非手にとって見て下さい。
(週刊ポスト 2014・2・7 号より)
都知事選も、佳境に入ってきました。
また、相も変らぬ手法で、細川氏への攻撃がなされています。
ところで、金権政治と言えば、「田中角栄」です。
田中角栄と言えば、「金権政治」となるのが世間の相場である。
だが、古来より、金権政治は、あった。
有名な所では、江戸時代の「田沼意次」だ。
「清廉潔白」を信条とし、「白河の清きに魚のすみかねて」と揶揄され、
「逆に田沼を非難していた松平定信さえも田沼にいやいや金品を贈ったと書き残している」
と言われるほどに、「政治とお金」は縁が切れない。
というより、お金そのものが、元々そういう性格のものである、と言った方がよいか。
なぜなら、「お金を刷る」(硬貨はこうは言えないので、カッコをつけておきます)のは国家であるからだ。
人間が富を蓄えるようになってからこのかた、社会の構造は変化しても変化しなかったものがある、と思う。
それが、(「お金に対する信仰」とでもいうべき)お金に対する執着心である。
だから、人類がその日にとれたものをすべてその日に消費せず、蓄えるようになってからは、一貫して「お金主義社会」が続いている、と言っても過言ではない。
むしろ、そういう方が、「正しい」という気がする。
むろん、私は、社会構造のことを言っているのではない。
普通に暮らす「人間としての姿」のことを言っているに過ぎない。
だから、社会変革がどのこうの、という話ではない。
ここの所は、誤解しないでいただきたい。
そんなに「だいそれたこと」を問題にしている訳ではないのである。
◆
さて、週刊ポストに次に様な囲み記事が載せてあった。
とても、狭いスペースであったので、よほど注意深く見ないと見落とすぐらいの記事である。
ネットの記事を見て買ったので、たまたま目に留まったということでしかない。
(著作権の関係から、全文を掲載できません。要旨についてだけ、纏めます)
さらりと書いてあるが、驚くべき内容をふくんでいる。
村上正邦氏の(元自民党参議院会長の肩書を持つ)「細川を退陣させた男」と言う記事である。
そしてタイトルが「佐川問題は”デッチ上げ”だった」というものである。
記事を読んで、二度びっくり。
村上氏は、細川元総理の退陣劇は「自民党が倒閣のために首相のスキャンダルを利用して、政権から引きずりおろした成功例かな」と述べているのである。
しかも、「実際には細川さんは借入金を佐川にしっかり返済していた」というのだ。
そして「国会を空転させるための時間稼ぎをやろうとした。そりゃ、徹底的にやったよ。」
というのである。
それを検察と「結託してまで」国会で追及した、というのである。
また、この号では、『突如流出した細川「疑惑のNTT株4億2000万取引』全資料、という文字が、表紙に踊っている。
もっとも、この記事は、ポストの独自取材によるものではなく、ジャーナリストの伊藤博敏氏が寄稿したものである、と書かれている。
相変わらずの用意周到さである。
自分に「火の粉」が飛んでこないようにしてある。
ところが、書き出しの所で「本誌は当時の細川氏周辺への取材により、当時も明らかにされなかった辞任理由の深層をつかんだ」と書いている。
[レポート/伊藤博敏]としながら、「本誌は・・・」と書く神経が私には解らないが、紛らわしい事、この上ない記事である。
それはさておいて。
で、この投稿記事の冒頭に挙げた、週刊ポストが、同じ号で書いている「囲み記事」である。
いずれは問題にされることがあるかもしれないが、時期が時期だけに・・・・。
まだ、書店に行けば手に入ると思われます。
関心のある方は、是非手にとって見て下さい。
(週刊ポスト 2014・2・7 号より)